妄想小説家panのブログ。

素人の小説です。

プライド【12】

僕は1日だけ入院して、いろんなところを検査したけれど特に問題もなかったそうで翌日には家に帰った。

 

父親に迎えに来てもらい、家に帰るとリビングで店を休んだ母と何故か薫さんが座って迎えていた。

 

いつものような部屋着と化粧けのない顔じゃなく、キチンとした綺麗な格好をして髪も整えて、薫さんは僕の前に手をついて頭をさげた。

 

「ごめんなさい」

 

僕は慌てて駆け寄って肩を掴んで顔を上げさせた。

 

「違うって…俺が勝手にやったことだよ?」

 

「そう言うと思ってたの…私はリク君はそういってなんでも許してくれると思って甘えてしまっていたの、だから平気で…助けに来てくれたのに知らないなんて言ったりしたの」

 

「それは…そう言うしか…」

 

「でも、カズキ君に怒られてしまって…」

 

「カズキに?」

 

「自分のこと好きだって言ってくれる人間を利用するんじゃねえって…本当にごめんなさい」

 

母親が割って入った。

 

「いいのよ、こんなバカ息子。痛い目見さしてもらって感謝しなきゃいけないくらいよ」

 

薫さんはこの後、カズキの母親に連れられてDV被害者のためのシェルターに行くと言う。母親は、カズキの家まで彼女を送っていくそうだ。

 

場所は、誰にも教えられないと言った。

 

僕も、確実に逃げるためにはその方がいいと思った。

 

純粋に

 

ただ純粋に

 

幸せになって欲しいと願った。

 

でも、心のどこかで

 

また会えるという淡い期待も捨てきれずにいた。

 

その淡い期待が見事に打ち砕かれるとも知らず。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、何事もなかったようにカズキから電話があった。

 

散々、僕を罵倒したことも忘れているかのように平気で話し始める。

 

俺たち、もう終わりだよ。

 

そう言っていたじゃないか。

 

腑に落ちない気持ちで聞くと、渡したい物があると言う。

 

さすがに僕はまだ顔の怪我が治らないので、学校すら休むつもりでいるし、家まで届けて欲しいと言った。

 

カズキが家に来るのは高校以来だ。

たいてい、誰かの家に泊まるとなると立地が便利なカズキの家だからだ。

 

強いて言うなら、母親と喧嘩して飛び出した時に一度泊めたくらいだろうか。

 

ついでに、カズキに借りていたDVDや本なんかもいくらかあったのでまとめておいた。

 

 

 

 

 

しばらくして、電話が鳴り家の前まで来ていると言ったので迎えに玄関までおりた。

借りたものを入れた紙袋も一応、持って行った。

 

「よく覚えてたな、家」

「当たり前だろ」

「入る?」

「ここでいいや」

 

カズキは来ていたジャンパーのポケットを探って僕に中身を差し出した。

 

「不倫女が置いてった」

 

チリン…と鈴の音がした。

 

「お前は置いてかれたんだよ」

 

僕は黙ってそれを受け取る。

使い込んで、少し汚れていた。

 

「お前のことは忘れるって意味だ。お前もとっとと忘れろ」

 

それでも僕が黙っていると、カズキの声が裏返って言った。

 

「忘れろよ!なあ!頼むから忘れてくれよ!なんでそんな苦しまなきゃいけないんだよ!!!お前もさあ!セイもさあ!なんでわざわざ苦しもうとすんの???」

 

そして、膝をついて玄関に突っ伏して泣き出した。

 

「え?なんで?なんでお前が泣くの???」

 

泣き出しそうだった僕の涙が一気に引っ込んだ。

 

「今度は誰だ?最近の子はよく泣くね」

 

リビングから父親が顔を出した。

 

「ああ、なんだ不器用な子か」

 

そう言われてカズキは「は?」と顔を上げた。

 

カズキは目を真っ赤にして、僕の父親に促されるままダイニングに座って、まだグズグズと泣いていた。

 

父親がコーヒーを煎れている。

 

「不器用君、名前はなんだ?」

「なんすか、不器用君て…カズキです」

「カズキ君、僕はね…君が怒っているのはよくわかるよ。うちの息子は確かにとんでもないことをした。人の妻を寝とろうとするだなんて最低だと思う」

 

僕は、僕にとって耳が痛いどころか胸が痛い話をどんな顔で聞いていればいいんだろう。

 

「でもね、あるんだよ…どーしても好きという気持ちが抑えきれない時は。それにそれが全部不幸につながるわけでもないんだよ」

 

父親にしては、よく喋ると思い、僕も真面目に聞くことにした。

カズキはまだ、疑心暗鬼な目をしている。

 

「僕もそうだった」

 

「は????」カズキと僕は口を揃えた。

 

 

「ものすごく衝撃的なことを言うよ」

 

「やだなぁ…すげーやだ」僕の本心が漏れる。

 

「僕はね、リクの本当の父親じゃない」

 

「は????え???嘘でしょ????え?待って?え?そんなサラッと打ち明けちゃうの?」

 

カズキも口を開けて呆気に取られている。

 

「マジかぁ…」

 

「まるで一緒。リクの母親はリクの父親である男に暴力を受けていた。簡単に言うと、僕は彼女が好きだったから頑張って男から彼女を救った。そして今に至る。つまり、リクの成功例と言うわけだ。簡単に言うとね」

 

「いや、簡単すぎる…説明が簡単すぎる…」頭を抱える僕には目もくれず、話を続けた。

 

「今まで言わなかったのは、言う必要がないからだ。何故なら、紛れもなく僕は君の父親だからだ。僕が妻と育てた。まさかその息子が僕と同じことをしようとして失敗するとは思ってもみなかったけれどね」

 

紛れもない僕の父親。それは間違いないと思っている。

 

本当の子供ではない僕の些細な不安に気づいてくれたり、的確な助言をくれたり、僕の不安がなくなるまで根気よく話を聞いて寄り添ってくれていたから

 

本当の子供ではないと聞かされても何も変わらないと思えた。

 

「だからね、さっきカズキ君はなんで苦しむんだと言ったけど、君たちは若いからまだまだ苦しんでいる暇がある。そして、僕くらいになるとこうやって偉そうに若者に説教をしながらコーヒーを飲むことが出来る。」

 

「父さん、今日はよく喋るね」

 

「1年分は喋ったな…でもね、もう一つだけ言うと決して僕やリクの行動を美化するつもりはない。やってはいけないこと。それは間違いない。それを許せない君は確かに正しい。リクもわかってるだろう?」

 

「うん…」

 

話を聞いているうちにカズキも落ち着いた様子で「ごめん」と呟いた。

 

「ごめん…なんか色々とショックすぎて…酷いことばっか言った」

 

「いいよ、悪いことしてるのは俺だもん。でも、セイは…あれは…悪くないからさ…」

 

「わかってる。わかってるけど…どうしたらいいかわからないだろ?」

 

「うん」

 

「実はさ、もしかしてってのは少し前からあって…ずっと頭にはあったんだけどいくら考えても良い方向に受け入れることが出来なかったから…俺はやっぱり…だから…」

 

「離そうとしたんだ」

 

カズキが頷く。

 

「俺のことは忘れた方がいいって思って…でも、そんな自分を傷つけようとしたりするなんて思わなかったし…だって俺にフラれたからってそこまで思い詰めると思わないじゃん」

 

「そりゃ二度と顔見せんなって言われたら…思い詰めるだろ」

 

「言い過ぎたよ、確かに…だけどあんまりに悲しい顔するから…見てられなくて、ひとりにしてくれって思って…でも、俺はそれで正しいと思ってた。これが俺の気持ち。二度と顔見せるなって…でも、お前に言われたじゃん…それは本心なのかって」

 

「うん」

 

「本心なわけないだろ?なのに俺、バカじゃん」

 

またグズグズと泣き出しながら、ふと僕がテーブルに置いた紙袋を見て言った。

 

「なにそれ、俺の貸したやつじゃん」

 

「おお、そうだよ。俺、お前に友達やめるって言われたから今日返さなきゃって…」

 

それを聞いて、僕の父親はコーヒーに口をつけながらニヤリとした。

 

僕も、自分で少し意地悪だと思ったけれどあれだけ散々、罵倒されたんだ。

少しくらい、仕返ししたっていいはずだ。

 

「やめるわけないじゃんかよぉ…そんなのいらねぇよ…」

 

カズキがテーブルに突っ伏して泣き出したので、僕と父親は顔を見合わせて吹き出してしまった。

 

一番正しくて  

 

一番優しい

 

そういう男だ。

 

 

 

 

 

「好きとかそういうんじゃないけど…セイのことは俺もあのお化け屋敷の時から、俺が守ってやらなきゃって思ってきたよ…でもさぁ…もー!わからん!ムカつく!」

 

結局、今日はカズキを泊めることになりまた僕のベッドが奪われた。カズキは僕の布団にくるまって、時々そうやって叫んではジタバタとしていた。

 

「そのベッド、こないだセイが寝たよ。匂いする?」

 

「やめろって!!!バカ!!気持ち悪いんだって!」

 

さっき、カズキの母親に電話した。

カズキを泊めると言うことを伝えると、薫さんを無事にシェルターの担当者に引き渡してくれたことを聞いた。

 

「ありがとうございます」

 

「大丈夫?リク君」

 

「大丈夫です」

 

寂しかったけど、心の底からホッとした。

 

 

 

部屋のテーブルに、薫さんが置いていった赤ちゃんの玩具を置いて「これ捨てようか」とカズキに言った。

 

「あれだけ偉そうに言っておいてなんだけどさ…」

 

「うん」

 

「捨てたくなるまで捨てなくてもいいんじゃないか?」

 

「そうかな」

 

「俺にはわかんないけど、いつか捨ててもいいと思う時が来るんじゃないか?」

 

「そうか…そうかも」

 

「意地の悪いこと言ったけど、捨てられたとかじゃないからお前。置いてったって言ったけど…ちゃんと俺に預けに来たんだよ」

 

「うん…ありがとう。ちゃんと届けてくれて」

 

「俺、ちゃんとセイに会いに行くわ、ちゃんと話す。本心で」

 

「うん」

 

「ちゃんと謝る」

 

「俺も謝る、お前に。ごめん、もう間違ったことしない。だから、終わりじゃないよね俺たち」

 

 

 

 

 

僕達は、ずっと話していた。

 

話しながら、泣いたり笑ったり、話つかれて眠るまでずっと。

 

 

 

翌朝、まだカズキは寝ていたので、そっと部屋を出た。

まだ両親は出勤前で「おはよう」といつもと変わらずむかえてくれた。

 

「朝ごはん食べる?」母親が聞いた。

 

「うん、でもその前に…」

 

そう言うと、父親は読んでいた新聞から顔を半分出した。

 

 

 

「あの…俺のこと、ちゃんと育ててくれてありがとうございます」と僕は2人に頭を下げた。

 

父親は「おう」と一言だけ返してまた新聞で顔を隠した。

 

「え?なにそれ?嫁にでも行くの?」何も知らない母親だけはキョロキョロと僕と父親の顔を見比べていた。

 

僕の母親を愛してくれてありがとう。

 

僕たちを救ってくれてありがとう。

 

一緒に僕を抱いて逃げてくれてありがとう。

 

薫さんの子…そう

 

海斗。

 

あの子にも僕と同じような幸せが訪れるように。

 

そう強く願った。