妄想小説家panのブログ。

素人の小説です。

プライド【14】

あたりはもう暗くなって、季節外れの海水浴場には僕達しかいなかった。

 

堤防に3人で並んで海の方向を見るけれど、もう何も見えず、ただただ波の打ち付ける音が聞こえる。

 

今からお別れ会をしよう。

 

海へ行こう。

 

そう言い出したのはカズキだったけれど、それでなくても夜勤明けで眠っていないカズキに運転をさせるわけにはいかず、僕が1時間と少し運転する羽目になった。

 

海へ行くと言われて、僕もセイも驚きはしたものの反対意見はなかった。

 

きっと、みんな最近のいろんなことに疲れていたんだ。

 

なんでもいいし、どこでもいいから、人のいない大きなところ、広いところに行きたくなったんだろう。

 

セイが堤防の階段を降りていき、砂浜に足を取られながら歩き始める。

 

「危ないぞーあんまり近づくなよ」

 

カズキが言うと「わかってるよー」と答えたと思うけれど、その声は波に消されそうだ。

 

「大丈夫かな、あれ」

「カズキは保護者だな、大丈夫だよあいつはもう死のうなんて思ってないよ」

 

 

「だといいけど」

 

セイが、少し遠ざかるとカズキは話し始める。

 

「俺さ…めちゃくちゃ考えたんだ」

「何を?」

「一瞬、一瞬だよ?俺、頑張ればあいつのこと抱けんのかなって…」

 

 

「バカじゃん!!!」

 

 

僕があまりに笑うので、セイが振り返って「なにー????」と叫んだ。

 

 

「なんでもない!!!!なんでもないでーす!!!」

 

カズキが慌てて答えるから、僕は涙が出るほど笑った。

 

「お前こそさぁ!」

 

「あ、話題変えた」

 

「人妻どうだったの?」

 

「はあ?」

 

「良かった?」

 

「良かったよ!!!!」

 

僕に仕返しが出来て、カズキは堤防に転がって声にならないくらい笑った。

 

「なにー??????」またセイが呼ぶ。

 

僕たちが答えないので不貞腐れながら堤防に近づいて来て「どうせ、やらしい話してんだろ」と呆れた。

 

そして、僕たちの間に割って座って

 

「めっちゃ楽しい」

 

そう呟いて

 

「ひとりでちょっと頑張ってみるから」

 

月明かりが、その綺麗な横顔を映して、僕たちの目に焼き付けようとしていた。

 

「なあ、ちょっと青春しようよ」

 

僕の提案に2人とも怪訝な顔をしたけれど、僕が堤防から飛び降りて斜面を駆け下り始めると、後ろに続いた。

 

「ほんと、馬鹿じゃん」カズキが笑う。

「青春するって何」セイが息をきらす。

 

 

「決まってるだろ、海に向かって叫ぶんだよ」

 

 

「だせぇ!」そう言ったカズキが、僕を追い越して1番に波打ち際に立ち

 

すぅ…と思い切り息を吸い込んで

 

「おばけ怖くて警備員やってんじゃねーよー!!!!このクソデブーーー!!!!」

 

次々に仕事の愚痴を叫び始めたから、僕とセイは砂浜で笑い転げた。

 

「俺はーーー!!!社長になるからなー!!!」

 

子供みたいなことを叫んで、カズキが力尽きて砂浜に座りこむとその隣にセイが立って

 

「買ったばっかのコート!!!鼻水まみれでくせーんだよー!!!!!!」と叫んだ。

 

「臭くねえわ!」

 

「絶対!!!強くなって帰ってくるからな!!!」

 

言い出しっぺの僕より楽しんでるじゃないか。

 

そう思いながら、僕はポケットに手を突っ込んで握りしめた。

 

「リクの番」セイが息をきらしながら振り返った。

 

座り込んでいる2人の前に立ち、咳き込むくらいに息を吸い込む。

 

「いい男になるぞーーーーー!!!!」

 

2人の方を振り返ると「なんだそれ」とニヤニヤしていた。

 

僕はポケットの中の握りこぶしを出して、2人の前で開いた。

 

チリン…と小さな音がした。

 

2人とも、ハッとして少し笑うのをやめて僕の顔を見上げる。

 

そして僕は海に向き直り、それを思い切り投げた。

 

暗くて見えなかったけど、波の音で何も聞こえなかったけど、それは確かに暗闇に消えて

 

二度と戻っては来なかった。

 

「みんな幸せになれよ!!!!」

 

そう言い終わると、カズキが立ち上がって僕の肩に手を回して、セイが背中をポンポンと叩いた。

 

僕は声を殺して泣いた。

 

2人は、僕の気の済むまで、そのまま黙って見守ってくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セイの出発の日。

 

カズキの車で家まで迎えに行くことにした。

 

玄関先で、両親に挨拶をして出ていくセイを少し遠くに車を停めて待った。

 

セイが手を振って家に背を向けてこちらに歩き始めた時、玄関から身なりの良い上品な女性が一歩外に出て、僕たちに頭を下げたのがバックミラー越しに見えた。

 

「セイのお母さん若いな」

「出た、人妻キラー」

「まだ言うか」

 

車に乗りこむ前、もう一度振り返ってセイは手を振った。

 

空港に向かう車の中で、僕達はよく喋った。

 

本当に久しぶりに、誰も怒ることなく、誰も泣くこともなく、ただただ笑った。

 

それでも、空港に渡る橋を渡る頃には自然にみんな無口になる。

 

駐車場に車を停めて、空港の入口に到着した時

 

セイは立ち止まって「ここでいいよ」と言った。

 

「じゃあね、駄目だったらすぐ帰って来るから」

 

「気をつけてな」カズキはそう言って、代わりに持ってやっていたスーツケースを渡した。

 

「気をつけて」僕も、同じことしか言えなかった。

 

誰かまだ何か言うかと思って、僕達はしばらくその場にいたけれど

 

結局、何も思いつかないでいる。

 

 

 

セイがスーツケースをギュッと握って、僕たちの顔を交互に見るとまた「じゃあね」と言った。

 

そして僕たちに背を向けて歩き出して、入口のドアの前で振り返って

 

「ひとつ言っていい?カズキ」

 

「なに?」

 

「絶対、俺より可愛い彼女作らなかったら許さないからね」

 

「は?」

 

セイは清々しいような子供のような無邪気な笑顔を見せて、今度は何も言わずに手を振って雑踏に消えた。

 

 

「ハードル高くない?」

「頑張ってください」

 

 

滑走路が見える見学デッキの床に座り込んで、僕達は飛んでいく飛行機を見上げていた。

 

「カズキ、仕事休みだったの?」

「無理やり交代してもらった」

 

「今日は泣かなかったね」

「一生分泣いたからな」

 

「寂しいな」

「寂しいより、心配かな」

 

「飲みに行く?」

「行く。女の子付きで」カズキがニヤッとした。