妄想小説家panのブログ。

素人の小説です。

プライド番外編【樋口美香の話①】

私を見上げたその顔が、とても綺麗で儚げで、私はまるで宝物を見つけたみたいに見惚れてた。

 

 

 

 

「何やってるんだろ?あいつら」私の前を歩いていたカズキが急に立ち止まる。

 

中学3年の遠足で、私たちは海の近くの遊園地に来ていた。みんな子供の頃から飽きるほど連れて来られた遊園地だったけど、友達と一緒に遊ぶのはまた楽しい。

 

「あれ、隣のクラスの澤口じゃん」

「うわ、俺あいつ嫌いだわ」カズキが嫌な顔をしたけど澤口の方がこちらに気づいて声をかけて来た。

 

「福田じゃん、どこ行くの?」

「お化け屋敷でも行くかって言ってたんだけど…お前らいるんだったらやめとくわ」

「俺たちもう出てきたよ、まだ出てこないやついるけど」

澤口のその言葉で他の数人が必要以上に大きな声で笑う。

 

「は?どういうこと?」

 

澤口達が言うには、班のひとりがあまりに怖がりで女々しいので根性を叩き直してやろうと言ってみんなで置き去りにして来たらしい。

 

澤口という子は、こういう陰険な嫌がらせが大好きで、しかも先生には見つからないようにやるからタチが悪くて、私も大嫌いだ。

 

「まだ出てこないの?」私が言うと同じ班の由衣が「大丈夫なの?倒れてるんじゃないの?」と言った。

 

それを聞いて澤口たちは少し焦り始めたけど「そんなわないだろ」と強がる。

 

「由衣、先生呼んできて」カズキがそう言ったので、由依は来た方向へ走り出した。

 

「は?大袈裟だろ、遊んでんだよ」

「お前らは勝手に遊んでればいいじゃないか」

 

澤口より背の低いカズキは見上げるように睨みつけ、澤口がそれに少したじろいで一歩引いた。

そしてカズキは、お化け屋敷の入り口へ早足で歩いていく。

その後を、カズキの親友の島田がついて行ったので残っている私と菜摘も慌てて小走りで追いついた。

 

正直、私は怖かったけどここに残されるのは嫌だったから菜摘と手を握りあって入る。体の大きい島田が後ろにいてくれたから安心だった。

 

「俺、そいつの顔も名前も知らねーや」

 

少し進んだ時、ようやくカズキが気づいて言った。 

 

「は?知らないの?知らないのに探しに来たの?」私が呆れて言うと菜摘が仕掛けに悲鳴をあげながら「私!知ってるよ!佐々木…えーと佐々木セイヤ!」

 

私も知らない子だ。

 

「なんで菜摘知ってるの?」

「顔がめちゃくちゃ良い!」

 

呆れた理由だ。

 

「澤口たちはねー僻んでんのよブスだから」菜摘がそう言うから、みんな笑った。

 

中頃まで進んだ時、先頭のカズキが言った。

 

「あれ、どっちだと思う?おばけかな…人間かな」

 

誰かが通路でうずくまって座っている。

 

カズキはお化けは平気だけど脅かされるのは嫌だからと慎重に近づいて行って「お前、佐々木だろ?」と声をかけてみた。

 

その声にその誰かは顔をあげて、ちょうど私と目が合った。

 

小さなライトに照らされて浮かび上がったその女の子みたいな綺麗な顔に、私は何も言葉が出なかった。

 

「泣いてんなよー男の子でしょー?歩ける?」

カズキはしゃがんで声をかけて、後ろにいる島田を呼んだ。

「このデカいやつがおぶってくれるってさ」

「嫌だよ、恥ずかしい」小さい声で返ってくる。

 

「じゃ、一生ここにいろ」

 

 

 

 

 

 

私たちが出てきた時には、澤口たちは由衣が呼んで連れてきた先生たちに取り囲まれて叱られていた。

 

島田の背中から降りたセイヤは、顔が真っ青で、小さく震えていて、脆くて触ると崩れそうで、私は思わず駆け寄って手を握った。

 

小さい時から、怖いことや悲しいことがあると、母がそうしてくれて「大丈夫」と言ってくれたから、ごく当たり前にそうしたけど、セイヤには軽く振りほどかれてしまった。

 

当たり前か。小さな子じゃないんだから。

 

それでなくても、背中におぶられて来るのも恥ずかしかっただろう。なのに突然、知らない女の子に手を握られたら驚いて当たり前だ。

 

懐かない捨て猫みたい。引っかかれなくて良かった。

 

私はそういう猫が好きだ。

 

 

 

 

その日は、澤口たちはそのままバスに帰らされて、セイヤは私たちと一緒に遊ぶことになった。

初めは人見知りで、何も話さなかったけど、明るいカズキのおかげで少しづつ笑ってくれるようになった。

 

「本当に猫みたい」私が呟くと、菜摘も由衣も「え?なに?」と言った。

 

「なんでもない」

 

 

帰りのバスは別だったから、駐車場で別れることになった。

別れ際、「ねぇ」と私の肩を叩いた。

名前はまだ覚えてないんだろう。

 

「さっき…ごめん」

「さっき?…あぁ、いいよそんなの。また明日ね」

 

意外に律儀な猫だ。

 

私の手を振りほどいたこと、ずっと気にしてたんだ。

 

バスに乗り込んで窓の外を見ると、ちょうど隣にセイヤ達のクラスのバスが停まっていて、窓越しに澤口が睨んでいたから

 

「カズキ、見て」と前の席に声をかけるとそれに気づいたカズキが窓の外に中指を立てる。

 

その報復はその日の帰り道だった。

 

カズキとは小学校からの同級生だから家も同じ方角で、自然と一緒に帰る。

校門を出て少し人通りが少なくなった頃、後ろから澤口たちに声をかけられた。 

 

「なんだよ、お前ら…全然帰る方角違うのにご苦労さんだな」カズキがバカにした笑顔で言うから、澤口もいきり立って

 

「余計なことしてんじゃねーよ!お前に関係ないだろ!」

「いいけど…どうしたいの?喧嘩したいの?してもいいけど、それなら女の子巻き込んだら駄目じゃん?あとさ、俺ひとりに何人来るの?お前は卑怯者の見本だね」

 

そう言うと背負っていたリュックを私に預けて「よいしょ」と側溝のコンクリート製の蓋を持ち上げて「来るなら来いよ、重いから早くして」と言った。

 

「は?お前それどうするつもり?」

「何がだよ、これでお前ら殴るに決まってんじゃん」

「頭おかしいのかよ!そんなので殴るとか殺す気かよ」

「ふざけんな!やるなら死ぬ気で来いよ!!」

 

カズキはそう叫ぶと、そのコンクリートの塊を澤口の足元あたりへ投げつけた。

コンクリートアスファルトに叩きつけられて、大きな音を立てて割れた。

 

澤口たちは、すっかり怖気付いてしまってしばらく黙り込んだ。

 

「頭そんな風にされたくなかったら二度と弱いもんいじめすんな!」

 

カズキは声の限りに叫んで、肩で息をした。

 

そして私の手を引っ張って「行くぞ」と歩き始めた。

 

 

 

小さい頃はカズキのことが大好きだった。

 

明るくて、走るのが早くて、みんなの人気者で、正義感が強くて、大好きだったけど、大きくなるにつれてこんな風にものすごく怖くなることがあって、私はそれが嫌だった。

 

決して弱い者いじめなんかはしないし、自分から人に喧嘩を売ったりなんてしない。強すぎる正義感がそうさせるとわかっているけど、私にはとても手に負えないと思う。

 

今だって、まさか本気であんなもので殴ろうとか思ってなかっただろうけど、危うすぎて怖い。

 

私はもう少し、心穏やかに一緒にいられる人がいい。

 

「悪かった」

 

カズキがそんな風になった時は、私の機嫌が良くないのはわかっていて、いつも謝る。

「いいよもう」それに今日は、私を守らなきゃいけないから必死になったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

次の日から、澤口に会っても目をそらされるようになった。

「やりすぎだわ、それは」私の話を聞いて菜摘が呆れた顔で言う。

「でしょ?当たったらどーすんのよ」

 

時々、カズキはセイヤの教室に行って教科書を借りたり、遊びに誘ったりして、遠回しに澤口たちを威嚇していたので、セイヤもこれまでのような嫌がらせは受けなくなったらしい。

 

菜摘は「イケメンと友達になれた」と大喜びだった。

 

打ち解けるのには時間はかかったけど、セイは少しづつよく笑うようになって、明るくなっていった。頭が良くて勉強も教えてくれたし、私たちの大切な友達になった。

 

 

 

 

 

 

受験が近づき、私たちは最終的な進路希望を提出することになった。

 

私は、家計に余裕がなかったのでアルバイトをしながら通えるように近くの公立高校を第一志望にした。父の経営する町工場がうまくいってていないのは、子供心にわかっていたからだ。

 

カズキも科は違ったけれど、同じ高校に行くと言っていた。島田は柔道が強いのでスポーツ特待生として遠くの全寮制高校に進学する。

 

由衣と菜摘は、揃って制服が可愛い私立の女子高を受けるらしい。

羨ましかったけど、私は無理を言える状況ではなかったから仕方がない。

 

「セイは?」セイは頭がいいから、どこに行くんだろうとわくわくしながら聞いたけど、私たちと同じだと言う。

 

「え!なんで!勿体ない!」と言うと、しばらく考え込んでから

 

「ひとりになるのが怖いから」と答えた。

 

私はそこしか選べなくて仕方なく行くというのに、いくらでも選べるのに、そんな情けない理由かと腹立たしさも少しあったけど、そうやって素直に言えるのが羨ましい。

そして、余程ひとりでいじめに耐えていた日々が辛くて悲しかったのだと知った。

 

そこから救うことが出来て、本当に良かったと心から思えた。