妄想小説家panのブログ。

素人の小説です。

remember anotherstory 【蓮①】※BL表現あり注意※

中学生の時、好きになった人がいた。

 

国語担当の新任教師で、若くてノリがいいから生徒からも人気があって、背が高くて、男臭くなくて綺麗な顔をしていた。

 

授業中には、教室中を歩いて生徒たちの様子をよく見てくれて、ひとりひとりにしっかり寄り添って教えてくれる。

 

その時に手が触れただとかいい匂いがしただとか、女子が休み時間に騒いだりしているのを見て、ただただ羨ましいと思っていた。

 

好きな人の話をみんなで共有して、盛り上がって、有り得ない妄想を夢見る。

 

僕が女の子だったら、その輪の中に入って、この胸の内に仕舞った想いを分けあえたのにと、毎日思った。

 

もちろん、そんなことは仲の良い友達にも絶対に言えなかった。

 

言えるわけがなかった。

 

いつか、そんな僕を受け入れてくれる誰かが現れるんだろうかと、いつまで自分を偽って生きていかないといけないんだろうかと、まだまだ先の長い人生を悲観したりもした。

 

自分と同じ悩みを持ち、うち明け会える人と現実で出会うことは難しい。何故なら、多くの人は隠して生きてるからだ。

 

SNSのコミュニティで話すことはあっても、ネット上のやり取りがどこまで真実かわかりはしない。全部が嘘かも知れない。

 

ただの暇つぶしにしかならないと思っていた。

 

 

大学生になって、一人暮らしをするようになってアルバイトを始めた。

 

うちの親は両親ともに過保護で、これまで自分のことは何ひとつ出来なかったから、最初はかなり大変で、親の有難みを感じた。

 

それでも、初めてのアルバイトにもひとりでの生活にも慣れてくるようになって来た頃だった。

 

その人に出会ったのは。

 

働いている居酒屋の店内は、もう閉店時間の12時に近くなり、客もまばらだった。

 

カウンターで1人で呑んでいる年配の常連客、テーブルに完全に酔っ払って騒ぐ派手な若い女の2人組と、少し離れたところに若いサラリーマンの2人組。

 

若い女2人組の声がやたらと静かな店内に響いていて、少しうんざりしながら空いたテーブルを片付けていた。

 

すると、その女たちが少し離れたところに座っている若いスーツ姿のサラリーマン2人組を気にし始めた。一見、若くてチャラそうなそのサラリーマン2人組は、もうそろそろ帰ろうとしていたところだったけど、そこに女たちが話しかける。

 

「お兄さん達、一緒にどこか行きませんかー?」

 

女からナンパかよ、下品だなと思いながら、とにかくよく声が響くので気になって見ていた。僕だけじゃない、カウンターの常連客も他の店員もつい気になってそちらを見る。

 

サラリーマン2人組は顔を見合わせて、眼鏡をかけた方が眠そうにしながら首を横に振ると、もうひとりの背の高い方が「ごめんね、こいつが嫌だって」と答えた。

 

「えーじゃ、そっちのお兄さんだけでもいいんだけど」

 

「あ、俺も嫌です」

 

「は?なに?偉そう!ムカつく!」

 

女たちはテーブルを叩きながら怒り出したけど、彼らはかまわずテーブルに置いてあった伝票を持って席を立ったので、僕も慌てて駆け寄った。

 

「伝票、お預かりします」

 

背の高い方から伝票を受け取って、顔を見上げて、僕は一瞬手が止まった。

 

その人は、僕の視線には気が付かなかったけど慌てて目をそらす。

 

今日は閉店近くまではわりと忙しかったから、この2人組がいたことすら意識してなくて、今やっとしっかり顔を見た。

 

背が高くて、男臭くない綺麗な顔をしていて、中学生の時に好きだった人によく似ていたから、勝手にひとりで恥ずかしくなって慌てる。

 

「あの...すみません、他のお客さんがご迷惑かけて...」

 

レジ前で伝票を打ちながら、でも顔が直視出来ずに言うと

 

「全然いいよ、君が謝らなくてもいいじゃん」

 

その声があまりに優しくて、つい顔をあげてしまって目が合う。目が合うとニコッと微笑んで「こっちこそ言い方悪くて怒らしちゃったから、ごめんね」と言って去っていった。

 

その人を見送ってレジから出ようとすると、釣り銭トレーのすぐ脇に黒い革の定期入れが忘れてあった。

 

開くと、ICカード社員証が入っていて、さっきの人の顔写真と名前が載っている。

 

❝神野亮太❞

 

そう書いてあった。

 

慌てて走って追いかけた。

 

駅前にはまだまばらだけど人が多くいて、タクシー乗り場の列にはいなかったから、改札への階段を駆け上がる。

 

さっきの2人の後ろ姿が遠くに見えて「すみません!忘れ物!」と呼ぶけど、見知らぬ声には気づいてもらえない。

 

でも、改札に入る1歩手前で止まり、スーツのポケットを探り始めて、その人はまた僕の方を振り返った。

 

「忘れ物です!」

 

そう言って定期入れを上に掲げると、小走りで近づいて

 

「ごめん、ありがとう。走って来てくれたんだ」

 

よくよく考えたら、こんなに必死に走って追いかけなくても改札で気づいて取りに帰ってきたはずだ。

 

「すみません...大声で呼んじゃって」

 

「なんで?君さ、謝りすぎじゃない?謝るのはこっちでしょ?」

 

そう笑って僕の手から、定期入れを受け取る。

 

「ごめんね、まだバイト中なのに。ありがとう、蓮くん」

 

「え…」

 

「名札。じゃ、頑張ってね」

 

「はい...ありがとうございます」

 

「バイバイ」

 

そして、僕に笑顔で手を振って改札の向こうに消えた。

 

嫌だな。

 

僕にとって誰かを好きになるってことは、自分がいずれ傷ついて終わるということなのに。

 

何故か、その笑顔が胸に残り、少しの痛みを感じさせられた。