妄想小説家panのブログ。

素人の小説です。

remember anotherstory【蓮⑥】

金曜日の夜、アルバイトを終えてから、意外にも僕は初めて亮太の家に行った。

 

亮太の家は、駅からは少し距離があるので僕がひとりで行くには少し不便だった。亮太が言うには、少し不便でも同じような家賃で部屋が広い方がいいからだそうだ。

 

印象的だったのは、部屋のテレビの横には背の高い本棚があって、歴史的なものから近代的な建築物の写真集や書籍がたくさん詰まっていた。

 

「こういうの好きなんだ」僕が一冊を手に取って見ていると

 

「昔はね」

 

「今は違うの?」

 

「建築デザインの仕事をやりたくて勉強してたけど、結局は仕事に出来なかったから諦めた」

 

「そうなんだ」

 

「まぁ…今は今で楽しいけどね」

 

そう言って僕から本を取り上げて、元の場所にしまった。あまり、触れられたくないのかと思って、それ以上は何も聞かなかった。

 

「どうする?明日、どっか行く?」

 

亮太はそう言ったけど、先日の一件から亮太が精神的にまいっているのを知っていたから「明日は家で映画いっぱい見ない?」と提案した。

 

「映画?」

 

「怖いやつ。めっちゃ借りてきたんだよね、友達から」

 

学校用のリュックから、ホラー映画マニアの友達から勧められた…というより押し付けられて、ひとりでは観られなかったDVDをあるだけ出した。

 

「なにそれ、なんでそんなにあるの?」

「友達が貸してくれるんだけど、ひとりで見るの嫌じゃん。だから、明日は引きこもってこれ見ようよ」

「今日から見ないと全部見れないね」

「いいじゃん、そうしようよ…あ、ダメだ…やっちゃった…やっぱり観るのやめよう」

 

僕はここまで話して、やっと気づく。

 

身近で殺人事件があって、それで気持ちが落ち込んでいる人間に怖い映画を見せるなんて、一番やっちゃダメなやつじゃないかと。

 

不思議そうな顔をして僕を見ていた亮太は、僕の考えたことを察して吹き出すように笑って「いいよ、一緒に見よう。それとこれとは別だろ?平気だよ」と言った。

 

「蓮は優しすぎるよ。ね、今からこれ見ようよ」

 

亮太は、DVDを1枚選んでデッキにセットする。

 

「結構、こういうの得意なんだけどね…蓮はダメなんだ」

 

「うん、苦手」

 

「じゃ、なんで借りたの?」

 

「無理やり貸してくるから困ってるんだよ」

 

映画の序盤から、僕は亮太の隣にくっついて膝を抱えて見ていたから、時々、亮太はそれを見て笑う。

 

「明日は怖がり克服の修行だね」

 

怖い映画を見ているのに、亮太はずっと僕を見て笑っていた。

 

「ひとりの時に怖いの思い出したらどうすんの?お風呂はいれる?」

 

「ちょっとしばらく入らない」

 

「やめろよ、汚いなぁ」

 

「だって怖いじゃん」

 

「自分が持ってきたんだろ?」

 

「だって、亮太とだったら観られると思ったんだよ」

 

「ねぇ、蓮」

 

「なに?」

 

「俺たち、一緒に住まない?」

 

突然の提案に驚いて顔をあげると、急に画面から大きな効果音がして、肩がビクッとする。

 

「こうやってさ、週末に一緒にいるとさ…ひとりになった時にすごく寂しいんだよね、今までひとりだったから当たり前なのにさ」

 

「うん…」

 

「たぶん、一緒に住んだら喧嘩とかもすると思うけど」

 

「うん、絶対する」

 

「それでも、ずっと一緒にいたいなって思うのおかしい?」

 

そう言って、亮太はふいに顔を背ける。

 

「自分で言って照れてんの?亮太」

 

顔を背けたまま、手を伸ばして僕の頭をくしゃっと撫でて

 

「ムカつくんだよ、お前。本当にムカつく」

 

「なんでだよ」

 

「そばにいてよ、蓮」

 

そう言ってまた僕の方を向いて、僕の頭を胸に抱えて髪を撫でる。

 

「お前から好きだって言ったのにずるいよ。好きだよ、蓮」

 

「…まだ映画途中だよ」

 

「観させない」

 

そう言って耳を軽く噛む。

 

頭の芯が痺れるみたいになって、言葉にならない声が漏れて、必死に誤魔化そうとするけど、亮太は面白がって何度もそれを繰り返す。

 

そして僕の耳には、テレビの画面からの効果音も、悲鳴も、何も聞こえなくなった。

 

 

 

「結局、あれってどんな結末だったの?」

 

僕の後ろから腕をまわして、亮太が眠そうに聞いた。

「見てるわけないじゃん…誰のせいだよ」

「蓮が気持ちよさそうな声出すからだろ?」

 

「あのさぁ、さっきの一緒に住もうって話、本気で言ってる?」

 

「うん、本気」

 

「でも、一緒に住み始めたら素っ気なくなるとか嫌だよ。ちゃんと構ってくれなかったら嫌だから」

 

そう言うと、急に亮太が黙ったから振り返って顔を見ると、嬉しそうな顔で僕の顔をじっと見返して「素直になったね、蓮」と言った。

 

「亮太のせいだ」