妄想小説家panのブログ。

素人の小説です。

remember anotherstory【蓮⑦】

次の週末は、亮太の家に引っ越すための手伝いをしてもらうことになった。とはいえ、たいして大きな荷物もないので毎日細々とちょっとずつ片付け始めて、金曜日の夜にはほとんど荷物がまとまっていた。

 

ただ、住んでいる部屋を引き払って友達の家に引っ越すということは親にも報告はしたけど、いろいろと根掘り葉掘り聞かれて面倒だった。

 

住所は教えたけど、友達と住むんだから勝手に来ないでとはしっかり伝えた。

 

亮太との同居生活は、意外にも喧嘩もそんなに無くて、今まで通り平日はあまり干渉しあわず、一緒に食事が出来ればするし、一緒に寝られたら一緒に寝る。

週末は、行きたいところがあれば一緒に出かけるし、ずっと2人で部屋にこもって過ごす時もあった。

 

一緒に出かけるのは楽しかったけど、僕の趣味にも嫌がりながらも付き合ってくれたりしたけど、外では手もつなげないもどかしさもあった。

亮太は手を繋いでもいいと言うけど、僕はまだそこまで割り切れていなかった。

 

そしてもうひとつ、僕にはクリアしないといけない問題があった。

 

両親から、実家に戻るようにと言われていることだ。

 

卒業したら帰って自営の父を手伝う代わりに、大学生のうちは自由にさせてもらうという約束だった。

卒業まであと少し猶予はあったけど、つい先日、父が体調を崩したことがきっかけで不安になったんだろう、早く帰ってきて仕事を覚える準備をして欲しいと言い始めた。

姉も、体調に不安を抱える父と、母をふたりで暮らさせるのは心配だから戻って欲しいと言う。

 

父の仕事を継ぐことは嫌ではなかったし、子供の頃はそれが憧れでもあった記憶があるし、

両親のことが心配な気持ちも当然ある。

 

でも今は、どうしても帰りたくない。

 

例え帰ったとしても、亮太と別れるわけではないけど、実家で暮らすようになれば嫌でも親の干渉を受けることになるし、そうなったら僕達はこれまでのように自由にいられるだろうか。

 

そんなある日、学校の友達の康平に呑みに誘われて行くと、最初から嫌な予感はしていたけど、いわゆる合コンの人数合わせというやつだった。

僕がそういうことに誘われても断るのを知っていたから、騙されて付き合わされたようなものだ。

 

「最悪、騙したな」

「ごめんって」

 

そもそも人見知りなところがあって初対面の人間と盛り上がることなんて苦手だし、みんなで盛り上がっているのを見ているのも退屈で、しかも親のことでもずっと悩んでいたのを少し忘れたい気持ちもあって、ついその日は飲みすぎてしまう。

 

家に帰った途端に玄関で倒れ込んで、亮太に叱られた。

 

「何やってんの?そんな楽しかったの?」と、僕を抱き起こしながら嫌味を言う亮太に、僕はカチンと来て、思わず突き放した。

 

「楽しかったわけないじゃん、ちゃんと言っただろ?無理に付き合わされたって」

 

「だからって立てなくなるくらい酔って女の香水の匂いさせて帰って来るなよ!バカにしてんの?」

 

亮太も普段なら、そんな因縁めいた焼きもちなんて妬かないのに、虫の居所が悪かったのかも知れない。

言い争いになって、「もういいよ!」と僕は力を振り絞って部屋を出た。

 

勢いよく飛び出したせいで、非常階段を降りて外に出た頃には目が回って動けなくなって、建物の影に隠れて吐いた。

吐いたら少し楽になったから、僕は康平に電話してその日は泊めてもらうことにした。

 

「なにお前、彼女と住んでたの?」

「んーまぁ…そんな感じ…」

 

康平は、今日の合コンに無理に付き合わせたせいで喧嘩になって追い出されたのだと察して「悪かったな」と謝って来た。

 

「ほんとだよ…どうしてくれるんだよ」

 

そして僕は、康平の部屋で倒れ込んで、そのまま眠ってしまった。

上着のポケットで、携帯が何度も震えていたことにも気づかなかった。

 

朝になって、康平に「ずっと電話鳴ってたけど大丈夫?」と言われて、慌てて携帯を探す。

少しまだ頭が痛かったけど、寝たら気持ちの悪さはなくなっていた。

 

1時間おきに亮太から数回の着信が入っていた。

 

「お前の彼女、メンヘラだな」

 

康平が笑うのも気にしないで、部屋の外に出てかけ直す。

よくよく考えてみれば、完全に僕が悪い。

 

「亮太?ごめん寝てた…」

「どこにいんの?」

「友達のとこに泊まった」

「そっか…だったらいいよ。外で寝てんのかと思った。じゃ、気をつけて帰って来なよ」

 

亮太は素っ気なく電話を切った。

 

「康平、ありがとう。帰るわ」

 

「許してもらったの?」

 

「んーまだ駄目っぽいけど…とりあえず帰ってもいいみたい」

 

帰る足取りは重かった。

 

帰って謝らなきゃいけないけど、さっきの電話の感じだと許してもらえるまで時間がかかりそうだ。

 

だけど、帰らない可能性なんて1%もない。

 

「…ただいま」

 

部屋のドアを開けて、恐る恐る声をかけるけど返事はない。

 

「いない?亮太?」

 

リビングのテレビがつけっぱなしで、でも亮太の姿がなく、開け放たれた寝室を覗く。

昨日の夜に見た服装のまま、亮太がベッドの上で携帯を握ったまま寝息をたてていた。

 

許してくれないかもとか、まだ怒っているのかもとか、そう思っていた僕が恥ずかしい。

 

たぶん、眠らないで連絡の取れない僕を心配して、帰りを待っていてくれたはずなのに。

 

「ごめんね、亮太」起こさないように隣に寝転んで、僕も一緒に眠った。

 

僕は今が、これまでの人生で一番幸せだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのさ、親に亮太のこと話してもいいかな」

 

ある日、仕事から帰ってきた亮太に、親から実家に早く帰れと言われていることを話した。

 

「なんて話すの?」

 

ネクタイを緩めて、シャツの袖のぼたんを外すその仕草が好きで、僕はそれを見ながら話す。

 

「一緒に住みたいからまだ帰れないって」

 

「男と付き合ってるって言うの?」

 

「…うん」

 

「やめとけば?そんなこと言うの。バレるまでほっとけばいいよ」

 

「でも、そうじゃなきゃ帰らなきゃいけなくなるよ…会えなくなるわけじゃないけど、ちょっと遠いよ…」

 

「ダメだって言われたらどうすんの?…まぁ、100%言われると思うけど」

 

「だったら、追い出されて来るよ」

 

「親、捨てられるの?」

 

「仕方ないと思う…だって、どうせいつかは言わなきゃいけないんだよ。このままだったら、仕事を継いだら、さぁ次は結婚しろ、孫見せろって言われるの目に見えてる。そしたら俺、一生、自分を騙して生きなきゃいけなくなるよ」

 

亮太は深いため息をついて僕の隣に座って、僕の顔も見ないで話し始めた。

 

「蓮が初めてここに来たときに、本当は建築デザインの仕事したかったって言ったでしょ?覚えてる?」

 

「うん、覚えてるよ」

 

「本当は一度、就職したんだよね…希望してた会社に入れたんだけど、そこで…」そこまで言うと一度大きくため息ををついてから続きを話した。

 

「そこで、好きな人が出来た。先輩だったんだけど…すごく好きで…でもずっと隠してたんだけどちょっとしたことでバレちゃってさ。それまではずっと可愛がってくれて仲良くしてくれてたのに、口も聞いてくれなくなったよ」 

 

話すうちに、亮太の手が震えて、僕はそれを止めてやりたくて手を握った。

 

「それで、仕事に行けなくなっちゃって親が…まぁ、心配したんだろうけどあまりにうるさく言うもんだから、言ったんだよね、俺も。そしたら、家にすらいられなくなっちゃった」

 

「…そうなんだ…」

 

「だから、もう俺は最初から人に言うようにした。あとで拒絶されるくらいなら最初から近づかないでいてくれた方がいいしね。だから、蓮がちゃんと言っておきたい気持ちもわかるけど…でも…もしやり直せるんだったらもう次は俺は言わないかな、親には」

 

「…もし親に言ってダメでも亮太がいてくれたらいいよ」

 

そうは言ったものの、なかなか切り出すタイミングもなく、ただ日々はいつものように過ぎていった。

 

そのうち、亮太の言う通りバレるまで放っておけばいいのかも知れないと思う。それがそのタイミングなのかも知れないと。

 

 

 

 

姉から、姉の家で舞香の誕生日のお祝いをするから来ないかと電話があった。

きっと、父と母も来るだろうし、会えば帰ってこいと催促されて、最悪の場合は泣き落とされるのがわかっていたから、本当なら断る理由を必死に考えるところだ。

 

でも、本当かどうかは知らないけど、姉が言うには舞香が来て欲しいと言っているらしい。

 

そう言われてしまったら、なかなか断るわけにも行かず、僕は渋々だけど姉の家に行くことにした。

 

裕太と舞香は、僕が来ると喜んで遊びたがったのでそれが有難かった。子供たちと遊んでいたら、座ってのんびり真面目な話も出来ないからだ。

 

僕は、舞香に舞香の背丈くらいある大きなクマのぬいぐるみをあげて、舞香は飛び上がるくらい喜んでくれたけど、姉に置き場に困ると叱られた。

 

一通り、お祝いを終えて僕がもう帰ろうとすると舞香と裕太に引き止められたのでまだ一緒に2階の舞香の部屋で遊んだ。

すると、裕太が眠くなって機嫌も悪くなって来て僕は姉を呼びにリビングに降りた。

リビングのドアを開けようとすると、姉と姉の夫と、僕の両親とが僕の話をしていたので、入りにくくなる。

 

両親は、早く実家に帰らせたいがなかなか言うことを聞いてくれないと言い出した。     

「彼女と住んでるんだっけ?」姉の夫がそう言うと「友達なんだって」と姉が答えた。

 

またその話かと、うんざりして話を止めさせようとドアのノブを持つ手にぐっと力を入れた時、姉の夫が

 

「もしかして、ゲイなんじゃないの?」

 

と、高らかに笑いながら言った。

 

それに釣られて、両親や姉も「ちょっと冗談やめてよ!」「言っていいことと悪いことあるでしょ?」と笑いだした。

 

怒りからか、辱められたからか、僕は自分の顔が耳まで紅くなるのがわかった。

 

震える手でドアを開けると、みんな笑った顔のままこっちを向いた。

 

「あぁ、蓮くんもしかして聞こえてた?ごめんごめん」と姉の夫が言うのを無視して、僕はダイニングの空いている席に座った。

 

「あのさ、何がそんなに面白いの?」

 

僕が真面目な顔でそう切り出したから、みんな笑うのをやめて黙り込む。

 

「ちょっと…お兄さんは2階の子供たち見てて貰えますか?」と、姉の夫を部屋から追い出した。姉の夫は気まずい雰囲気から逃れられるのが嬉しかったのか、すぐに部屋を出て足取り軽く子供たちの部屋に向かった。

 

「ごめん、蓮。怒ったの?」姉が顔を覗き込む。

 

「怒ってるって言うか…まぁ…いいきっかけだから話すけど、お兄さんが今言ったこと、本当だから」

 

僕は、自分の震える手を隠して、出来るだけ冷静を装ってそう言った。

 

「なんのこと?」

 

黙っている両親の代わりに、姉が僕に問いかける。

 

「俺は、男の人しか好きになれないから。だから、お父さんやお母さんの期待には添えないし、今も一緒に住んでる人と付き合ってる。もちろん、男の人だよ」

 

なにより普通であることが一番だと、僕にこれまで言い聞かせて育てて来た、厳しくはないが無口な父はその僕の話を黙って聞いていたし、母は明らかに動揺して姉と顔を見合わせていた。

 

「だから、家には帰りたくない」

 

「なに言ってるの…?蓮…冗談でしょ?そんなこと言ってまで帰りたくないの?馬鹿じゃないの?」

 

姉がまた、両親に代わって僕に窘めるような口調で言った。

 

「冗談でそんなこと言ってどうなんの?」

 

「そんなこと、はいそうですかって言えるわけないでしょ?」

 

「わかってるよ、わかってるから今まで言えなかったんだろ?」

 

「信じられない…そんなこと有り得ない」

 

一切、認めようとしない姉との話は平行線で、母はずっと視線で父に助けを求めていた。

 

父は、しばらく考えこんだ後にようやく口を開いて

 

「まぁ…そうだと言うなら仕方ないんじゃないか」と言った。

 

姉が「お父さん、認めるの?」と金切り声をあげる。

 

「認めるも認めないも、蓮がそうなんだから仕方ないだろ…かと言って理解するかどうかは別の話だ。今の父さんたちには受け入れ難い話だと言うのは、わかるよな?」

 

「もちろん」

 

「父さんたちは親だから、子供が幸せならそれでいいんだけどな…まぁ、難しい問題だな。後々、時間をかけて父さんたちが理解しないといけないのかも知れない。ただ、今は理解し難いとだけ思っておきなさい」

 

「…わかった」

 

少なからず、理解する方向でいると言った父に、母は逆らわず、姉だけは頭を抱えて

 

「私は嫌よ、そんなの。気持ち悪い。もう裕太と舞香にも触らないで」

 

と、嫌悪感を丸出しにして言い放った。

 

両親はそんな姉を諌めたけど、僕は立ち上がって「わかったよ、もう2度と来ない」と言って、裕太や舞香に声もかけずに姉の家を出た。

 

悲しいのか、怒りなのか、それとも少しは父が理解を示そうとしてくれたのが嬉しかったのか、なんとも言えない感情が湧いていた。

 

親から縁を切られるようなことにはならなかったけど、裕太と舞香に触れるなと言われたことが一番辛かった。

 

泣きそうになりながら駅まで歩いていると、亮太から電話がかかって来た。

遅くなるようならどこかまで迎えに行ってやると言われていたのを思い出した。

 

「蓮?今どこ?迎えに行かなくていい?」

「…亮太」

「なに?どうした?」

「迎えに来て…早く帰りたい」

 

亮太の家から姉の家の最寄り駅まで、車で1時間近くかかる距離だったけど、亮太は急いで来てくれた。

待つより電車で帰った方が早かったけど、早く亮太に会って話して慰めて欲しかったし、何より亮太の声を聞いて泣き出してしまったから恥ずかしくて電車には乗れなかった。

 

泣いて話す僕の手を、亮太は運転しながらぎゅっと強く握って聞いてくれた。

 

「危ないよ、亮太」

「大丈夫」

 

家に着いても、僕がなかなか泣き止まないから、亮太はずっと隣に座って、背中を撫でたり、手を握ったりして、僕が落ち着くのを待ってくれた。

 

でも、亮太はもっと辛かったとわかる。

 

僕には亮太がいるけど、亮太には誰もいなくなった。

 

好きな人にも親にも拒絶されてひとりになった亮太が、どんな想いをして来たのか考えると、自分の甘さに腹が立ったりもした。