妄想小説家panのブログ。

素人の小説です。

remember anotherstory【蓮⑩】

「蓮はちゃんと亮太さんが好きで、決してたぶらかされたとか騙されたとかじゃないって、認めざるを得ないのよ。だから、私が両親にはちゃんと言うから…すぐには無理かも知れないけどちゃんとわかってもらうから許してくれる?」

 

僕が亮太のほうを見ると、その視線に気づいて亮太は「こっち見るなよ、自分がどうしたいの?」と俯いたまんま言った。

 

「…わかってくれたんだったらもういいけどさ、でも家には帰らないよ?ここで亮太と一緒にいたい」

 

「それも説得する」 

 

「俺もちゃんと姉ちゃんの話聞かなくてごめんね」

 

 

 

 

 

「そろそろ…帰らないと。蓮、ちゃんとまたこっちにも顔出してくれるんでしょ?」

「うん…まぁ…もうちょっとだけ気持ち整理する時間は欲しいけどね。そのうちね」

 

すっかり時間も遅くなって、姉は慌てて帰る準備をした。

 

「送って行くよ」

亮太が上着を着て、玄関脇にかけてある車の鍵を手に取った。

 

「小さい子いるんでしょ?早く帰ってあげなきゃ駄目じゃん」

 

「いいの?亮太」

 

「蓮も着いて来てよ?」

 

姉を後部座席に座らせて、僕は助手席に乗り込み、姉を家の少し手前まで送った。その間、亮太は一言も話さなかった。

 

「ありがとう…またね、蓮」

「うん、じゃあね」

 

姉の歩いて去っていく後ろ姿を見て亮太が「子供らに会わなくていいの?」と言ったけど、姉が謝ってくれたとはいえ、まだどうしてもほんの少しのわだかまりがあって、舞香や裕太に触れることが怖く思う。

 

「そのうちね」

 

「でも、良かったんじゃないの?ちゃんと心配してもらえて、蓮は幸せだよ」

 

「うん…そう思う」

 

「あのさ…ごめん」

 

「なに?」

 

「俺、めっちゃ意地悪だった…」

 

「いいよ、それより姉ちゃんのこと許してくれてありがとう」

 

「許すも何もないよ。蓮がいいならそれでいい」

 

僕たちの部屋に帰りついた頃には、亮太は疲れていて、寝室に直行して倒れ込むように転がった。

 

「着替えなよ、子供じゃないんだから」

 

僕が手を出して起こそうとすると、逆に僕の腕を掴んで引っ張って自分の顔の傍に座らせて「怒ってない?」と聞いた。

 

「何を?」

 

「さっきも言ったけど、蓮の姉ちゃんに意地悪なことばっか言ったじゃん…蓮にも…俺って性格悪いな」

 

「反省してんの?」

 

「してる」

 

「じゃ、いいよ…性格悪いのは初めから知ってる」

 

「あのさ!」

 

急に亮太が起き上がって、僕と向かい合う。

 

「なに?急にデカい声出さないでよ」

 

「ごめん…」

 

急に大きな声を出して起き上がったかと思うと、俯いて僕の腕を掴んで泣き出すから、僕は思わず笑ってしまう。

 

「なに?情緒不安定すぎない?今度は何に謝ってんの?」

 

「謝ってないことあるじゃん」

 

「なんだっけ」

 

亮太は僕の腕を更に強く、痛いくらい掴んで

 

「一瞬だけど…あの時、蓮のこと殺してやろうって思った」

 

「…あれね」

 

「うん…ごめん」

 

「なんで?俺のこと憎くなったの?」

 

「違う」亮太が子供みたいに泣きじゃくりはじめたから、僕は少し笑ってしまって、亮太の頭を撫でる。

 

「離れなきゃいけないくらいなら一緒に死にたかった」

 

「そっかぁ…じゃ、言ってくれたら良かったのに。別にそれでも良かったのに」

 

亮太は僕にしがみついて、泣きじゃくる。本当に子供みたいで、意地が悪くて、強がりで、弱くて、儚い。

 

「でもさぁ、俺は一緒に生きてて欲しいかな…どっちかって言うと」

 

僕にしか見せない、その弱さを、守り抜いてあげたいと思う。

 

「ありがとう、蓮」

 

僕はずっと、その日は亮太が眠るまで隣で寄り添って、その綺麗な寝顔を夜が明けるまで、飽きもせずに見つめた。

 

顔を撫でると、確かにそこに体温を感じて、生きていてくれて良かったと、戻ってきて良かったと、気持ちが昂って、その綺麗な色の唇にキスをする。

 

「…なにしてんの」亮太が目を閉じたまま笑った。

 

「起きてたの?」

 

「ちょっと前からね」

 

「最悪…」僕は恥ずかしくなって、亮太に背を向けて寝転ぶ。

それを亮太が、後ろから腕をまわして顔を覗き込んで「蓮がキスしてくれるの待ってた」と言って、僕のTシャツの中に手を入れる。

 

「くすぐったい」

「じゃ、やめる?」

 

「やっぱり亮太って、意地悪だね」

 

温かい手で僕を撫でながら「はじめての時のこと覚えてる?」と亮太が聞いた。

 

「覚えてないよ」

 

覚えてないわけなんかない。

 

「震えてて、怖がってて、可愛くて、俺がちゃんと守ってあげようって思ったのに、俺が蓮に守られちゃってるね」

 

「守るよ、亮太のこと」

 

 

 

 

 

朝になって、いつの間にか眠っていた僕が目を覚ますと、隣に亮太はいなかった。

 

慌てて飛び起きて、リビングに行くと、几帳面な亮太には珍しく、脱いだ服がソファーの背もたれに無造作にかけられたままだった。

 

その光景に、亮太がいなくなった時のことを思い出す。

 

電話をかけてみると、しばらく呼び出し音が鳴って「なに?」と少し不機嫌な声が返ってきた。

 

「どこ行ったの?出かけるって言ってた?」

 

「言ってなかった?」

 

「聞いてない」

 

「仕事の面接。いつまでも無職でいられないでしょ?…寝坊して焦って散らかして出てきちゃったからごめん」

 

「マジで聞いてないし…」

 

「前に話したでしょ?ずっと前に辞めちゃったとこ…やっぱり本当にやりたかったことだったし、もう1回戻れないかなって思って前の上司に相談したら、とりあえず来てみなって言ってもらった」

 

「でも…大丈夫?…だって…」

 

「大丈夫。例え周りになんて思われて、なんて言われても、もう平気だよ。…だって帰ったらひとりじゃないでしょ?」

 

「うん」

 

「守ってくれるんでしょ?」

 

「うん…」

 

「まぁ、受かったらの話だけどね」少し声が緊張していた亮太が笑ったから、僕はやっと安心して「頑張って」と言った。

 

「うん、じゃあね」

 

電話を切って、亮太が珍しく脱ぎっぱなしにした服を洗濯機に放り込んだ。

 

やっと、亮太が生きていてくれる気になったんだと、安心したら気が抜けて、洗濯機を回しながら、洗面所の床に座り込んで歯を磨いた。

 

「良かった…ほんとに…」

 

不安だった。

 

亮太が帰ってきてからも、どんなに明るく笑っていても、どこか暗い顔をする時があって、どこか違うところに心があるような時があって、また突然いなくなるんじゃないかって、ずっと不安だった。

 

自分から、敢えて茨の道に一歩踏み出そうとするその亮太の声は、ひとつの曇りもなくて、しっかりと顔を上げて前を向いているように聞こえた。

 

 

 

とりあえず今日は、亮太が笑って帰ってきても、泣いて帰って来てもいいように、部屋を綺麗に片付けておこう。

 

そして、学校の帰りには亮太の好きなものを買って帰ろう。

 

帰ってもいないんじゃないかなんて不安はもう捨てよう。

 

何があっても

 

一緒にいよう。

 

 

 

【おわり】