妄想小説家panのブログ。

素人の小説です。

プライド【6】

「ほんとヤバかったんだって、いや俺はお化けとか信じないよ?何がヤバいってさ、先輩が腰抜かしちゃって、その先輩が90キロはあんのよ体重!それを引きずって帰るのが大変だったの」


セイの希望で僕達は3人で遊ぶ予定を立てた。

僕としては、どうせラウンドワンでも行って騒いで飲みに行くくらいだろうと思っていたのだけど、カズキの提案で遊園地に行こうという話になった。

「男3人で?きもくない?」と僕は言ったが、何故かセイは乗り気になった。

カズキの小さな軽自動車に男3人で乗り、高速道路のトンネルに差し掛かった時に「ここって有名な心霊スポットなんだよな」という話になったのをきっかけに、カズキの夜勤での不思議体験語りが始まった。



「で?お前は見たの?そのおばけ」

「あーどうだろ…見たのは見たよ。なんかふわーって白い人影みたいなの」

「お化けじゃん」

「俺はそういうの信じないから、普通に侵入者だと思ったから追いかけたのよ、そしたら先輩がギャーって言って倒れて…それを助けてたらいなくなってた」

「やっぱりお化けじゃんかよ」

「いや、でもトイレの方に行ったから個室に隠れたかと思って1個1個個室調べたんだけどいなかった」

「強すぎだろ、お前。普通やだよ」

「だってさ、それお化けならいいけど侵入者だったら俺たちクビかもだよ?そっちのが怖いよ!」


その話を、セイは黙って聞いていた。
さっきまで、遊園地にワクワクしていてご機嫌だったのだけどカズキの話が始まってからはずっと押し黙っている。

怖い話が苦手なのは知っていたけど、黙り込むほど怖い話か?と思いながら「怖いの?」と聞くと黙ってそっぽを向いた。


「悪い悪い、セイは怖い話嫌いなんだよな」カズキも気がついて話をやめた。

「いいよ、別に」

セイが不貞腐れたので、カズキはセイに怒られないように声を出さずに笑った。



目的の遊園地に近づくと、海が見える。

湾の上にかかる鉄橋を通る時、カズキが少しドアを空ける。

微かに、潮の匂いがした。


「なんで遊園地って言い出したの?」セイがカズキに聞いた。

「遊園地ってなかなか行かなくない?うち貧乏だから子供の時にあんまり行けなかったのよ」

「あーなるほどね」

「だから、なんかフォローしろよ、納得すんな」

「俺もあんまり行ったことないよ。だいたい行くならディズニーランドとか…」

「あーうるせえうるせえ」


お金持ちのお坊ちゃまと苦労人のいつものコントだ。

「なんでお前たち、仲良いの?全然違うじゃん」

「お互い珍しい生き物なんだろ」カズキが言った。


高速道路を降りる。

大きな観覧車に向かって車を走らせる。


遊園地の隣には大きなアウトレットモールがあって、どちらも家族連れの車でいっぱいだ。

「アウトレットにしない?」

僕の提案は、絶叫マシンが鉄骨を走る音と悲鳴に消された。


「まずはこれだろ」

セイが空を見上げる。


「観覧車はまだ早い」僕とカズキの声が揃う。

観覧車はだいたい、遊び終えるくらいで乗るもんだ。一発目に乗るもんじゃない。



「乗りたい」



言い出したら聞かない奴だ。



「いいよ、わかった。ていうか男3人で観覧車はきしょい!」

と言いながらも僕達は付き合うことにした。



今日は風が少し強い。

乗り込んだゴンドラは少し揺れる。



あまり高いところは得意じゃないけれど、観覧車なんて何年ぶりに乗るだろう。

この遊園地は高速道路に乗れば1時間もかからず来られるので、小さい頃は家族に連れて来てもらったし、遠足なんかでも来たけれど、少なくとも小学生以来だと思う。



「めっちゃ良く見えるな、遊園地全部」

カズキは窓にへばりついて下を見下ろす。セイもその横に並んで「次はあれ乗ろう!怖そう!」と絶叫マシンを指さして子供のようだ。


その2人の背中を見ていると、時々1人ぼっちの気分になる。
2人のほうが付き合いも長くて、思春期の始まりを共に過ごしたという特別な空気感がある。

3年分の僕の知らない2人がそこにある。


少し、寂しい気分になる瞬間だった。



そして僕たちはひとしきり絶叫マシンに乗って、コーヒーカップを全力で回して大騒ぎして、ミラーハウスでセイが迷子になって、知らない子供とカズキがゴーカートで本気に競り合って、一日中心の底から笑っていた。

空は暗くなり、到着してすぐに乗った観覧車は綺麗なグリーンにライトアップされていた。


「お土産買いますか」

遊園地オリジナルのキャラクターショップの前でカズキが立ち止まったけれど「買ってく相手いる?」とのセイの一言に僕達は首を横に振った。


そしてその店を通り過ぎようとした時、赤ちゃん連れの夫婦が僕たちとすれ違った。

そう言えば

薫さんの部屋、赤ちゃんの遊ぶものがなかった。

何か買っていってあげようか。

迷惑だろうか。好みもある。


迷っているうちに店から離れ、遊園地の一番奥まで進んだ。

「こっち、来てないよな…何かあるかな?」

先頭を歩いていたカズキが言うと、セイが後ろから答えた。

「お化け屋敷」

「あー!」

目の前に現れたのは、昭和の匂いを感じる古いお化け屋敷だ。

今時の有名なお化け屋敷といえば、ストーリー性が会って役者がお化けをリアルに演じたり、仕掛けが凝っているものだが、ここのお化け屋敷はゼンマイ仕掛けの人形が動くだけだ。

ヒュードロドロという定番のBGMの中、人形がバタンと起き上がったり、床が揺れたり、きっと僕が子供の頃に母親に無理やり入らされた時と変わっていないんだろう。

子供の時はそれでも怖くて泣いたけれど、今なら平気だろうと思う。


「やめとくか」カズキは怖いものが苦手なセイにそう言って踵を返そうとしたが「いや、入りたい」意外な答えが返って来た。

「え?嘘でしょ?入りたいの?苦手じゃん、お前」

「入る」

「マジかよ…リクは?」

「あーちょっと興味あるし付き合うよ」


閉園間近の遊園地の奥深くにあるお化け屋敷には、もう誰も並んでいなかった。

セイを真ん中に挟んで、カズキが先頭で進む。

僕も怖くないわけではないので背中が気になって仕方がない。カズキはサクサクと前に進む。

途中、いきなりギーっと扉が開いて天井から吊られた人形が目の前を飛んで行ったり

井戸から墓石から、バタン!バタン!と人形が出てくる。その度にセイが大きな声を出して驚くので、僕はそれに驚かされる。

カズキはといえば、ずーっと笑いながら「おー!」「マジかー!」「やべー!」としか言わない。けれど、こまめに振り向いて僕たちが離れないように見ていてくれた。

自分から入ると言ったセイは終始「無理無理無理!」「帰る帰る帰るー!」と半泣きになりながら叫んで、カズキのパーカーをぐっと引っ張る。

「無理ってなんだよ!お前が入るって言っただろ!」

「だって無理なんだもん!リク!リクもちゃんとくっついて来てよ!」



出口の明かりが見えると、セイは我先に飛び出した。



振り返ったその目は、赤くなっていた。



「泣いてるじゃん!!!!」僕とカズキは声を揃えた。





セイを真ん中に挟んで宥めながら、僕達はそろそろ帰ることにして歩き始めた。

「いやでもお前えらいよ、最後まで歩けたじゃん」カズキはそう言ってセイの頭をポンポンと叩いた。

その時ふと、また観覧車で2人の背中を見ていた時のような微かな疎外感が蘇った。



園内放送では蛍の光が流れ始めていて、さっきのキャラクターショップも閉店の準備をしていた。



買えなかったな…お土産。



また、今度にしようか。




「何か欲しいものあるなら買ってきなよ、リク」

セイが僕の目線に気づいた。

「だったら行ってきな、俺たち待ってるから」

「そうだな…ちょっとだけ」




僕は閉園準備を始めていた店員に頭を下げて店内に入った。
見渡すとカラフルなキャラクターグッズが並ぶ店内に、少し色味の優しいコーナーがあった。

ナチュラルな色合いと自然素材のベビー用品が並ぶ。



こんなもの、買うどころか見るのも初めてだ。

何がいいのかわからない。



「何をお探しですか?」先程の店員がニッコリと声をかけて来た。

「えっと…赤ちゃんの玩具を」

「生まれてどのくらいですか?」

「生まれてそんなに経ってないと思います」

「だったら、こんなのはどうですか?」



タオル地の輪っかになった音のなる玩具を差し出されて、僕はその玩具で遊ぶ薫さんの赤ちゃんを想像した。

思わず、顔が綻んだ。


「これにします」


もう閉店間近ということもあってラッピングまでは頼む度胸はなかったけれど、可愛いお土産袋に入れてもらうことが出来た。

受け取ると、チリンと中の鈴の音がした。


慌てて外に出ると、退園口のすぐ側のベンチに2人はいた。

可愛らしいお土産袋が恥ずかしくて、買ってきたものは上着のポケットに隠した。

「欲しいものあった?」

「うん、まあね…ありがとう」



僕達はゲートをくぐって駐車場へと歩き出した。



駐車場までの通路は、ささやかながらライトアップされていて綺麗だった。


カズキは夜勤明けで寝ていなかったらしいので、帰りは僕が運転を引き受けた。


「頼むわ」そう言ってカズキは後部座席に乗り込んだかと思うと、リクライニングを倒して寝息を立て始めた。



高速道路に乗り海が見えた頃、助手席のセイが話し始めた。


「俺とカズキが仲良くなったのは、さっきのお化け屋敷のおかげなんだよ」

「え?」初耳だ。

何度となく言ってきたように、こんなに性格も境遇も違う2人が何故こんなに仲が良いのかいつも不思議には思っていたけれど、その理由をきちんと聞くのは初めてだ。


「俺さ、こんなんじゃん。女みたいな顔してるし人見知りだし、性格悪いしさ」

自覚はあるらしい。

「中学生の時に男子にしょーもない嫌がらせとかよくされてたんだよ。いじめだね。で、遠足であの遊園地に行ったんだけどお化け屋敷に入ったんだ」

「嫌だったけど、班行動しなきゃ怒られるだろって無理やり入らされて、入った瞬間に班のやつらダッシュして逃げてってひとりになってさ」

「もう俺、怖くて怖くて動けなくなったんだ。で、班のやつらは出口で俺が出てくるのからかおうと待ってたんだけど動けないから出られなくて…もうどっち進んでいいかもわかんなくなって」

「で、焦るわけよあっちも」

「だろうな。どうしたの?」

「そしたらたまたまカズキの班がお化け屋敷に来たところで俺の班がザワついてるのに遭遇してワケを聞いたんだって。そしたら、カズキの班がみんなで助けに来てくれた」

「なんだよそれ、カズキがカッコイイ話じゃん」

「だろ?で、恥ずかしいことに泣いててさ俺。もう動けないもんだから…カズキの班の一番大きいやつ、柔道部のやつがおぶってくれて外に出たんだけど、泣いてるしおんぶされてるし、これはまたいじめられるなって憂鬱になってたらさ…」

「外にいた俺の班のやつら、めっちゃくちゃ怖い先生に怒鳴られて泣いてんの!カズキの班の子がひとり先生呼びに行ってチクったんだよ。で、そこから俺の班のヤツらはバスに戻って反省文書かされて、俺はカズキの班に入れてもらった。本当は俺もバスに帰れって言われたけど、カズキがこいつは何も悪くないんだからおかしいだろって抗議してくれた」

僕はチラッとバックミラーを覗いたが、カズキは熟睡していて話は聞こえていない様子だった。

せっかく、自分のカッコイイ話をしてもらっているというのに…

セイもバックミラーを見てカズキが寝ていることを確認すると言った。

「だから、めっちゃ感謝してる。カズキと仲良くなってからはいじめられなくなったし、楽しかったよ。カズキは覚えてるかどうかわかんないけど」



いや、覚えてるだろう。

カズキはさっき「最後まで歩けたじゃん」と確かに言った。その瞬間、カズキもその頃のことを思い返してその頃のセイに語りかけていたんだ。

そして、セイがお化け屋敷に入ると言ったのもカズキがそれを覚えているか試したかったし、少しは強くなったと言いたかったんだろう。


確かに僕には入り込めない2人の時間だった。