妄想小説家panのブログ。

素人の小説です。

われても末に逢はむとぞ思ふ⑪

それからしばらくして、渉が借りていた部屋を引き払うための片付けを手伝うことにした。

 

連絡を取るついでに、間宮も手伝いに呼んだ。

 

間宮は渉に会った時、強めに頭を叩いて「心配かけやがって」と怒った。

 

渉たちには子供もいなかったし、2人暮らしであまり物は多くなかったけど、時々ふと手を止めて渉が物思いに耽ることがあって、なかなか片付けは進まなかった。それでも、僕と間宮はそんな渉には気付かないふりをした。

 

気が済むまでそうしていればいいと思っていた。そうやって、全ての想いはこの部屋に置いていけばいい。

 

そう思って、ただ気長に見守った。

 

「お前らさ…仲直りしたんだ」

 

渉から離れたところで間宮が僕に言った。

 

「なんで?」

 

「高校の時さ、お前ら全然喋らなくなったじゃん」

 

「…うん」

 

「見てられなかったからね、あの時」

 

「どういうこと?」

 

「何があったか知らないけどさ、あいつはずっとお前のこと見てたからね。まぁ…なんか知らないけど仲直りして良かったよ」

 

だいたいの物は処分することにして、残った渉の荷物はそんなに多くはなかった。

 

「ありがとう、航平、間宮」

 

明日、引越し業者が来て実家に荷物を送るという渉を置いて、僕と間宮は渉の部屋を後にした。

 

もう夜も遅く、「送ってってやるよ」と間宮が言ってくれた。

パーキングに停めた間宮の車の助手席に乗り込もうとしてふと思った。

 

「なぁ、あいつ…あの部屋でひとりで大丈夫かな」

 

運転席でエンジンをかけて、僕の家をナビで調べていた間宮も手を止めた。

 

「…戻ってやれば?俺よりお前の方がいいと思うよ」

 

「そうする」

 

「なんかあったら言えよ」

 

「わかった…ていうか」

 

「なんだよ」

 

「間宮お前、案外いいやつだな」

 

「は?案外は余計だろ」

 

間宮の車が去っていくのを見送って、僕は来た道を戻る。

外から渉の部屋を見上げると、うっすらと街灯に照らされてベランダで煙草を吸う渉の姿が見えた。

 

「渉」

 

「なにしてんの?忘れ物?」

 

「泊めてよ、間宮に置いてかれた」

 

「嘘つけ。早くあがってくれば?」

 

部屋に戻ると、渉もベランダから帰ってくるところだった。

 

「お前、煙草やめろよ」

 

渉は黙って、僕に抱きついて「ありがとう、戻って来てくれて」と小さな声で言った。渉の柔らかい髪の感触と少しだけ残る煙草の匂いが鼻をくすぐる。

渉は少しだけ震えていて、僕はその背中を撫でた。

 

「外、寒かっただろ」

 

「温めてよ、航平」

 

僕の腕の中で照れて笑いながら渉がそう言ったのが可愛くて、ソファに押し倒して何度もキスをしながら、渉の髪と背中を撫でた。

 

この部屋で渉を抱くのは嫌だなと僕が言うと、渉は「なんで?もうここには何も無いよ…航平が帰ってきてくれたから、全部忘れた」と笑ったけど、すぐに真顔になって僕の顔をじっと見た。

 

「でも航平が嫌ならやめよう」

 

「じゃ、やめない」

 

「どっちだよ、めんどくせぇな」

 

渉の身体は前より痩せて、小さくなったような気がしたけど、僕に抱かれる時の敏感な反応や声は変わらなかった。

静かな部屋で、僕と渉の息と、声と、時々外を通る車の微かな音だけが響いた。

 

でも、ふとした時に、やっぱり渉が僕から視線を外して、どこかを見ているような、何も見ていないようなそんな目をした。

 

全部忘れるなんて、無理に決まってる。

 

僕は、それには気づかないふりをしようとしたけど、どうしても胸が詰まりそうで、我慢が出来なくて、渉の名前を呼んで僕の方を向かせる。

取り繕って笑おうとしながら、潤んだ目で「ごめん…また嘘ついた」と渉は言った。

 

「絶対、忘れさせるから」

 

僕が強がりながらそう言って、渉が頷いて目を瞑ると、渉の頬を涙が零れた。

 

 

 

翌日、まとめた荷物を引越し業者に引渡し、渉も実家に帰る途中、僕を送り届けてくれた。

 

渉がもうすぐ、しばらく休んでいた職場にも復帰することになって、また新しく住むところを見つけると言ったから「俺のとこ来る?」と言うと「狭いから嫌だ」と笑って

 

「ちょっとは、ひとりになってみるよ」と言った。

 

「本当は、ずっと一緒にいたい。毎日、一緒に起きて、ごはん食べて、一緒に眠りたい。でもそれだと、少しの離れた時間が不安になりそうで束縛しちゃうから駄目だな」

 

「お前、面倒なやつだな」

 

「可愛いだろ?」

 

「まぁな」

 

「バーカ」

 

渉は笑ってそう言い捨てると、僕を置いて去っていった。

 

 

 

 

その夜、夢を見た。

 

小学生の僕が漫画に憧れてバレーボールを始めた日。

 

いざとなると恥ずかしくて、母の背中に隠れていたあの日。

 

「一緒に行こう!おいで!」と渉が僕の手を強く掴んで、みんなの輪の中に連れていってくれたあの日の夢。

 

夢の中の僕は何故か、その純新無垢な笑顔が、いつか曇り、激しく傷つくことを知っていて、絶対にこの手を離してはいけないのだと強く思う。

 

これからきっと、何度も何度も振りほどこうとするこの手を決して離すまいと。

 

 

[おわり]