プライド【13】
怒涛の1日からしばらく経って、またカズキが僕の家に来ていた。
セイに謝りたい。
だけど、自分だけではまた本心でないことを言ってしまうかも知れない。セイの悲しむ顔を見たらまた酷いことを言うかもしれない。
だから、一緒にいて欲しい。
また酷いことを言い出したら、遠慮なくぶん殴って欲しい。
面倒な役を押し付けられた形だ。
セイには、カズキがいることを言わずに家に呼んである。家に着いたら鍵は開けてあるから、勝手に部屋に来いといった。
今日は親は家にいない。
夜勤明けの眠い目をこすりながら、カズキは窓の外を見下ろして待った。
僕もその隣で駅の方向から歩いてくる人たちを眺めていた。
「あれか…」
約束の時間を20分ほど過ぎて、グレーのロングコートを着たセイが現れた。
玄関のドアが開いて、階段をトントンと登ってくる。
部屋の薄いドアをカチャッと開けて入ってきたセイを迎えに僕は、ベッドから立ち上がった。
「ごめん、遅れた…」
そう言ってセイは真正面にいるカズキの姿を見て、一瞬後ずさりしてドアを閉めようとしたので、僕はすかさず腕を掴んだ。
「騙しただろ」
怒ったように言うと、セイは強めに僕の手を振り払って持っていたコンビニの袋をドンとテーブルに置いて座った。
カズキの顔も見ないで、不貞腐れてまた体育座りをする。
長い沈黙があって
口火を切ったのは、意外にもセイの方だった。
「二度と顔見せるなって…言ったじゃないか」
すると、カズキは勢いよくベッドから飛び降りて、テーブルを挟んだセイの正面に座って、手を伸ばし、セイの手首を掴んだ。
あの時、生々しかった傷跡はもう目を凝らさないと見えないくらいになっていた。
僕は新しい傷がないことを見て、ホッと胸を撫で下ろした。
「なんだよ!痛いよ!」
「ごめん!」
セイが大声を出したよりも大きな声で、かぶせるようにカズキはごめんと言った。
「こんなに傷つくようなこと…言ってしまってごめん…」
「いいよ…本当のことだよ、気持ち悪いって自分でもわかってるよ…正しいよ」
「違うって…お前のことは大事だよ、大事だけど…でも…あのさあ…」
僕の家に来てからずっと、どう言えば自分の想いが伝わるかとか
どう言えば傷つけないかとか
ずっと考えて決めていたはずの言葉が、本人を前にすると全く出てこない。
その時も、そんな感じだったんだろう。
いきなり難しい問題に直面して、何て言えばいいかわからなくて
それで、心にもないことを言ってしまったんだ。
カズキの手を振り払い、セイが立ち上がろうとしたのを僕は手を伸ばして制した。
「聞いてやれよ」
セイは、僕より少し背が低いから上目遣いで睨んでその腕を弾いた。
「お前らなんて大嫌いだ」
セイがそう言った途端、カズキは立ち上がってテーブルを踏んで飛び越えたかと思うと、背中を向けたセイのことを力いっぱい抱きしめた。
あまりに力いっぱい抱きしめたので、セイはよろめいて咳き込んだ。
「だから!こういうことするなよ!わかってんの???その気もないのにこういうことしたらダメなんだよ!?」セイは振りほどこうともがいたけれど、カズキは離さない。
「離せよ…同情するな」
逃げられないセイは力を抜いて、そう呟いた。
「同情とかじゃなくて、なんて言えばいいかわかんないんだって!」
見てられない。
なんでそんなに不器用なんだ。
「謝りたいだけなんだって…許してくれなくていいよ」
「いいの?マジで?」僕がそう言うと
「…いいわけないだろぉ…」
そう言ってカズキが泣くと「俺は泣かないからな」とセイが言った。
「俺はもう一生分泣いたから」
「うん…ごめん」
「いっぱい泣いたし、いっぱい後悔したし、言わなきゃ良かったって思ったし…」
「うん…」
「死にたくなったし」
うーっと呻くようにカズキが泣いた。
「二度と顔見せるなって言ったから、一生分泣いて死にたくなってんのにさ…なんだよ…ズルいよ」
「あのさぁ…」僕が口を挟もうとすると、カズキは相変わらずセイの背中に顔を伏せて泣いていたけど、セイは睨むように僕の方に顔を向けた。
「そいつも、もう結構…一生分くらい泣いてたよ?一生分後悔もしてた。なんていってもこいつの場合、俺たち2人分泣いてるから。でも俺なんて大変だったんだから…こいつのせいでついでに出生の秘密まで暴露されちゃったんだから、意味わかんないよな?」
セイはしばらく黙り込んで、少しだけ最初より表情を緩めてカズキの回した手をポンポンと叩いた。
「もういいよ、わかったよ…背中がビチャビチャで気持ち悪いよ、離してよ」
「逃げない?」
「逃げない」
「死なない?」
「死なない」
いつまでもグズグズ鼻をすすっているカズキが落ち着くのを待つ間、僕はセイのコートの背中にドライヤーをかけた。
「ビチャビチャじゃん…鼻水じゃないの?」
「やだやだ、これ買ったばっかだからちゃんと乾かしてよリク」
「よく泣くな、あいつ」
「百年の恋も冷めるわ」
セイがそう言って笑ったので、僕も遠慮なく声をあげて笑った。
「いつから行くの?留学」
「来週」
「え?早いじゃん!お別れ会出来ないじゃんか」
「いる?お別れ会とか。小学生かよ」
「寂しくなるな」
「そうだね」
黙ってスマホを弄っていたカズキが突然声を上げた。
「よし!やろう!お別れ会!今から!」
「はあ???」僕とセイが同時に言った。