プライド【最終話】
長かったような、あっという間だったような10年が過ぎて
セイは海外留学を終えて一度こちらに帰ってきて、帰ってきているうちは僕かカズキかどちらかの家に殆ど入り浸った。
そしてまたすぐに海外に渡り、留学時代の仲間と起こした会社で仕事をしながら、セクシャルマイノリティに関する団体のボランティア活動にも参加していると言うし、本人も同性の外国人の恋人と一緒に幸せに暮らしているそうだ。
いずれは日本に帰り、日本の同性愛者同士の婚姻が認められるための活動をしたいのだと言った。
社長になると言っていたカズキだったが、あれからしばらくして体調を悪くしてしまって警備会社を辞めてしばらく休養し、建築会社に就職した。
体力仕事なので大変だと嘆いていたけど、夜勤がなくなったので生活は健康的になったと言っていた。
もういい歳になったけれど、相変わらず独身生活で自由を楽しんでいる。
僕はといえば、学校を卒業して就職した美容院でアシスタントの時は辛い思いをすることもあって何度か辞めようとししたけれど、その度にセイが「強くなる」と言ったことを思い出して、負ける訳にはいかないと歯を食いしばった。
おかげで先輩美容師にも客にも信頼を得られるようになり長く働くことが出来たけど、近いうちに母親の美容室を受け継いで独立するつもりでいる。
私生活では、3年前に結婚もして一児の父になった。
相手は、カズキがセッティングした飲み会で知り合った紗英という見た目の派手な子だ。でも見た目によらず真面目で優しい子で、気が強くて喧嘩もよくするけれど、僕はついカッとして熱くなる時があるから、そういう時はふと優しく諭してくれる。
完全に尻に敷かれている形だ。
子供が産まれて初めて腕に抱いた時、ふと…もうすっかり忘れていたつもりだったけど、海斗を抱いた時と同じ匂いがして
懐かしいような
悲しいような
大きくなっただろうか
幸せに暮らしているだろうか
そんな想いが溢れて、この腕に抱いたこの子を僕は必ず幸せにするんだと固く誓った。
僕は、付き合い始めた頃に紗英に全部話したけど
紗英は「そりゃ色々あって当たり前でしょ」としか言わなかった。
だから、その時の僕のその顔も、まるで察しているかのように優しく微笑んで見守ってくれていた。
「幸せにしてあげようね」
その時、生まれた息子も2歳になりやんちゃ盛りで手に負えないこともあるけれど、僕の両親はすっかり骨抜きになって、実家に遊びに行く度に嬉しそうに追いかけ回している。
そして母親は、自分の美容室を僕が継ぐのならもう少し若者向けに改装しようと、資金も助けてくれると申し出てくれたけれど
僕も紗英も、それに反対した。
母親には母親を慕う客がいるし、その人たちが離れていくのは僕も嫌だからだ。
「お前は結婚して子供もいて家業継いで、セイは会社起こしてなんか知らないけど壮大な夢も語ってさ、なーんかみんな立派だよなー」
時々、僕の家に息子へのお土産を持ってカズキが遊びに来てくれるけれど、その度にカズキはそう嘆く。
「俺なんかなーんもないもん」
何故か息子も懐いていて、いつも膝の上に乗ってわかっているような顔をしてカズキの泣き言を聞いている。
「て言うか~」
「なに?」
「実は俺も結婚しよっかなーって」
「え?マジ?」僕と声を揃えて紗英も言った。
話を聞くと、体調を崩して短い期間だったが入院する羽目になった時に、足繁く見舞いに来てくれた女の子がいたらしい。
「誰?俺も知ってる子?」
「えーっと…」
「なに?誰だよ」
「えーっと…ユミって覚えてる?」
セイとカズキと3人で参加した、女の子を含めた飲み会で、ずっと酔ってカズキにしなだれかかっていたユミ。あの子だと言う。
あの時は、全くカズキに取り合ってもらえていなかったはずだけれど、そもそもあの飲み会が開かれたのは、カズキが働いていた商業施設のテナントでユミが働いていて顔なじみだったのがきっかけだった。
そして、他の警備員からカズキが入院したことを聞いて毎日のように見舞いに来ていたそうだ。最初は迷惑がっていたカズキだけれど、あまりに毎日一生懸命通って来てくれるので先にカズキの母親が気に入った。
そして毎日、カズキが退屈しないように好きそうな本を差し入れてくれたり、話し相手をしたりして、例えばカズキの機嫌が悪かったりした時は頼まれたことだけ済まして帰る。
そんな日々が続くうちに、ユミがどうしても来られないことがあり
「最初、行けなくなったって言われた時はホッとしたんだよ、せいせいするわって思って…でも来ないって言ってんのにドアが開く度にあいつが来たのかなって思って違ったらガッカリして、結局その日は眠れなかったんだよ」
そして、その次の日
カズキの方からユミに付き合って欲しいと言ったらしい。
「今、思うとさ…あれ罠だったんじゃね?」
「かもね」
「だよなー嵌められたよなー俺」
「ついに遊び人も引退か」
「引退したくねーなー」
ふと
セイの言葉を思い出す。
俺より可愛い彼女じゃなかったら許さないって言ったよな。
今度、セイに会った時は一緒に全力で謝ってやろうと思う。
セイもきっと、この目の前で幸せそうに穏やかに笑うカズキの顔を見れば許してくれるだろう。
「でも、頑張らなきゃな」
「お互いな」
僕達はもう、あの頃のように
何も背負わず、ただ楽しくて笑っていた日々には戻れない。
でも、それぞれに大切なものが守るものが出来て
それに縛られて苦しむこともあるけれど
僕達は僕達のプライドを持って、強く生きていく。
自分のために。
大切なもののために。
幸せになるために。
「君たちには苦しんでいる暇がある」
あの日の父親の言葉を、いつか僕は息子に言ってやろう。
まるで、自分が考えたかのように。
【完】