妄想小説家panのブログ。

素人の小説です。

プライド番外編【佐々木セイヤの場合①】

初めて、僕が他の子供と違うと知ったのは幼稚園の時だったかも知れない。

 

同じクラスの愛ちゃんという女の子が「愛はセイヤ君と結婚するの」と言ってくれて、とても可愛い女の子だったから嬉しかったんだけど

 

「でも、僕は裕太くんが好き」と言った。

 

クラスで一番足が早くて、声が大きくて、なんでも知っている裕太君が僕は一番好きだった。

 

すると、その女の子にも周りの子にも

「裕太くんは男の子だよ、男の子が男の子好きなんて変なんだよ」

「女の子みたい」

と口々に言われて、僕はそう言われたことがショックで泣きそうになった。

 

そこに先生が割って入って「違うよ、セイヤ君は裕太君大好きな友達だって言ってるんだよ」と、宥めてくれた。「愛ちゃんも大好きなお友達いるでしょ?そういうことよ」

 

「ね?」先生に同意を求められて、僕はあまりわかっていなかったけど

先生が言うことは間違いないと思っていたから「うん」と答えた。

 

するととても、先生は安心した顔をしたような気がする。

 

だけど僕は、なんだか胸のあたりが落ち着かなかった。

 

「女の子みたい」

 

そう言われたけど、確かに見た目は体つきも華奢だし、色も白くて、よく女の子に間違えられた。

 

でも、それ以外はまわりの男の子と同じだった。

 

戦隊モノが大好きだったし、外に出て走ったり、砂遊びをすることが好きだったし、ひとつも女の子っぽいことに憧れたこともない。

 

でも、見た目が女っぽいということが小学校高学年から中学生になった頃から良くない方向に進んで行った。

 

女の子にはモテた方で、だからこそ男子からは疎まれるようになる。

 

一部の男子グループから登下校中に追い抜きざま、倒れそうなくらい後ろからリュックにぶつかられることもあったし、机の中にゴミが詰められていたり、教科書や弁当がなくなったり

 

小さい頃は外で駆け回ることが好きだった僕も、今は静かに本を読むことが好きになっていたから、友達がいないことは別に平気になっていた。

 

たけど、とにかく面倒臭かった。

 

自分に関係の無いゴミを捨てたり、教科書や弁当を捜したり、机の落書きを消したり

 

うんざりだ。

 

しかし、それに対して反撃する勇気もない。

 

中学生にもなると確実に体格に差が出てくるから、僕なんてひとたまりもない。

 

そんなある日、遠足の班を決めることになった。

 

僕は遠足なんて行きたくなかったけれど、行かなければ親や先生に理由を聞かれるのにうんざりしそうだと思った。

 

生徒たちの話し合いでクジ引きによって決まったはずの班構成だが、何かしら仕組まれたんだろうか。クラスで一番僕のことを嫌っていやがらせをして来るグループの中に入れられてしまった。

 

ただ、深いため息をついて遠くで聞こえる笑い声を聞いていた。

 

遠足には本を持っていこう。

 

途中で具合が悪いとでも言って離脱し、集合時間までどこかで本を読んで過ごせばいい。

 

その時、廊下側のすりガラスの窓に人影が映った。

隣のクラスの誰かが遅刻したんだろう。

 

後ろからもうひとつの大きな人影が追いついてきて

「福田!お前また遅刻か!早く教室に入れ!」

と、叫んだ。

 

隣のクラスの福田カズキ。

 

有名なやつだ。

 

制服はまともな着方をしていないし、授業には遅れてくるし、いつも友達と騒いでいてうるさい。

 

 

 

「来週、遠足だってさ」

 

家に帰ると母がちょうど家に招いていた友達を玄関で見送るところだった。僕は軽く会釈してリビングに入り、背後から来た母にプリントを渡した。

 

「あら、いいじゃない遊園地。楽しそう」

 

「あのさぁ…」

「なに?」

 

「なんでもない」

 

行かなくていいかな。

 

なんて言えなかった。

 

きっと母は、なにより心配する。大事なひとり息子だ。

母は体が弱く、僕を産む時に危ない状態に陥ったので他に子供は作らなかった。

 

その大事なひとり息子が、学校で友達もおらずいじめに合ってるなんて言ったら泣いて寝込んでしまう。

 

 

 

 

 

遠足の日の朝、早くから弁当を作ってくれた母のことを思うと仮病も使えず、憂鬱な気持ちで家を出た。

 

行先は、ここから車で1時間ほどの大きなアウトレットモールが併設された遊園地だ。

この辺りに住む子供たちは、たいてい小さい頃から何回もここに連れて来てもらっているはずだ。

 

バスの窓から海を見ながら、何度もため息をつく。

 

 

 

「ここから班ごとの自由行動です、決して別行動しないように!」

 

先生のその言葉を皮切りに、各班ごとに別れて遊園地に入場する。

 

行き先を知らされていないので、僕は班から少し離れて後ろをついて行った。

 

グループのリーダー格の澤口を中心に、みんなクスクスと笑いながら僕を振り返りつつ遊園地のずっと奥まで歩いていく。

 

嫌な予感がした。

 

遊園地の一番奥、昭和の匂いのする古ぼけて日本家屋風のお化け屋敷の前で澤口たちは立ち止まった。

 

なんで遊園地で一発目がお化け屋敷なんだ。

 

僕は暗いところだとかお化けだとかが何より苦手で、何故こいつらがそれを知っているのかはわからなかったけれど、とにかく何かしら企んでいるのはわかった。

 

ただ、こればかりは付き合いきれない。

 

絶対に無理だ。

 

「おい!早く来いよ!班行動だぞ!」

 

「俺は無理。待ってる」

 

期待通りの答えだったんだろう。澤口達はニヤニヤと嬉しそうだ。

 

「別行動したら俺たちが怒られるんだよ!早く来いって!」

 

いきりたった馬鹿たちには話が通じないので、僕は進行方向を変えようとした。

 

「お前!待てよ!」

だけどすぐに捕まって、入口の方に引きずって行かれた。

「嫌だって!」

「お前ほんと女みてーだな!オカマかよ!」

澤口の言葉にみんな爆笑した。

 

見かねてバイトらしき係員が「無理矢理はダメだよ」と声をかけるが「大丈夫です!友達なんで!ふざけてるだけです!」と言った。

 

体つきの良い奴らに両脇を抱えられるように引きずり込まれて、視界が真っ暗になって、少しの間は引きずり込まれた勢いで進んだが、すぐに足がすくんで動けない。

 

仕掛けが動く音とか、効果音とか、他の客の悲鳴だとか

 

僕は耳を塞いで座り込んだ。

 

その時、暗くてよく見えなかったけど誰かが「よし、行くぞ」と合図して、出口に向かって全力で走り出した。

 

僕は「待てよ」とも言えず、だけど前にも進めず、暗闇に戻ることも出来ず、膝を抱えていた。

 

「もう嫌だ…」もうどうでもいいや。

 

そう自分で呟いて泣けてきた。

 

泣きたいことは今まで沢山あったけど、ずっと我慢して来られたけど

 

こんなところで動けなくなる自分も情けなくて腹が立つ。

 

どうせ出口に行ってもあいつらが笑って待っているだけだ。

どうせ、明日から笑いものだ。

 

泣いて余計に力が抜けて一歩も動けずにいた。

 

しばらくそうしていると、微かに後ろから声が聞こえた。

 

大人数で騒ぎながら近づいて来る。

 

同じ学校の生徒たちだろうか。だったら最悪だな。もう終わりだな。

 

このまま消えてしまえないかな。

 

そう思った途端、「いた!!!!」と大きな声がすぐ傍でして、僕はビクッと飛び上がった。

 

「お前、5組の奴だろ?澤口の班の…えーっと佐々木」

 

携帯のライトで顔を照らして来たそいつは、福田カズキで

その後ろには、隣のクラスの男女数人が続いていて。

 

「早すぎるよ、カズキ…怖くないの?」そう友達に聞かれてカズキは「こんなの作り物じゃんか」と答える。

 

「助けに来た、もう大丈夫」

カズキは僕の頭に腕を回してゴシゴシと擦った。

 

「歩けない?」

僕は情けないとは思ったけれど、無言で頷く。

 

「可哀想に」

女の子もいたけれど、カズキの班のやつらは誰もバカにしなくて、ただ心配してくれた。

 

そして、一番最後にカズキに息をきらせて追いついてきた体の大きい柔道部の島田が僕をおぶってくれる。

 

カズキは先頭で、全く何も怖がらずに進んでいく。

 

頼もしくて、ここから出られるのは嬉しかったけど

どうせ、出たら同じだ。

 

泣いて、おぶってもらって出てくる僕をどれだけ笑うだろう。

 

だけど、カズキは出るまでの間ずっと僕の背中に手を当ててくれていて、その手が温かくて安心した。

 

外に出ると、あまりに眩しくて目が眩んだ。

 

しばらく目を瞑っていると、誰かの怒号が聞こえる。

 

カズキと、僕をおぶってくれた島田は声を殺して笑った。

 

「見てみな、ほら」優しくそう言われて目を開ける。

 

そこには、冷たいアスファルトに正座をさせられて、鬼のような顔をした担任や数人の引率教師に取り囲まれて怒鳴られている澤口たちの姿だった。

 

偶然、カズキたちがお化け屋敷の前を通りかかった時に

お化け屋敷の前で騒いでいる澤口たちを見つけたそうだ。

 

近づいて話を聞くと、怖がりの僕をお化け屋敷に置いてきてやったと自慢げだったのだが、最初は笑っていたものの

 

さすがに少し遅くないかと思い始め、不安になっていたそうだ。

 

カズキはその話を聞いて怒りだし今にも澤口たちに掴みかかりそうだったのを堪えて、顔も知らないであろう僕を「助けに行く」と言い出した。

 

女子のひとりは先生を呼びに行き、島田たちも後に続いて来てくれた。

 

素行は悪いが、曲がったことが嫌いで真っ直ぐで融通の聞かないやつだと島田は言っていた。だけど、だからこそみんなあいつの後について行くんだとも言った。

 

僕は島田の背中から降りたけど、まだ足に力が入らなくて傍のベンチに座り込んだ。

 

そして澤口たちは、まだ遊園地に着いたばかりだと言うのに強制的にバスに帰らされた。

僕も一緒に来いと担任に言われたので行こうとしたけれど、カズキが手を出して制止した。

 

「こいつは何も悪くないし、俺たちと一緒に行ってもいいですか。お願いします」

 

そう言って、頭を下げてくれた。

 

「いいよ、そんなことしなくて」と言ったけど「お前も母ちゃんが弁当作ってくれたんだろ?何も遊べずにバスで食べたなんて聞いたら母ちゃん可哀想だろ」と言った。

 

担任も、引率の先生たちと相談して他のクラスの班との行動に特別に許可をくれた。

 

「さ、じゃあお前たちあれ乗って来いよ」

 

カズキはこの遊園地の名物である絶叫コースターを見上げて、島田たちに言った。

 

「カズキは?」

「俺?俺は見てる」

「なんで」

「俺は無理じゃんか、高いとこ」

 

僕もカズキに便乗して「あ、俺も無理だからまってる」と言った。

 

内心、話したことも無いカズキと2人で置いていかれるのは不安だったけれど。

 

「あの…ありがとう」

 

僕はやっと、カズキに礼を言ってなかったと思い出した。

 

「いや、いいよ。なんか楽しかったし…ていうか大丈夫か?」

 

「うん、もう大丈夫」

 

「気にするな。誰だって絶対ダメなもんあるんだから」

 

「うん」

 

「暇だし、飲み物でも買うか」

 

僕も立ち上がろうとしたけれど、カズキは僕の肩をおさえて「買ってくる」と言って去っていった。

 

すぐ近くの自販機までのんびりダラダラと歩いていたが、急に立ち止まって両手をポケットに入れてみたり、背負っていたリュックを探ってみたりしてあわて始める。

 

「財布ないの?」

 

「落とした!!!」

 

「嘘でしょ???」

 

「あの中かも…」

 

「かっこ悪いなぁ…」

 

僕達はお化け屋敷のスタッフに財布を落としたと話し、カズキは懐中電灯を借りて中に財布を探しに入った。

 

ちょうど、僕がいたところに落ちていたみたいだ。

 

無事に僕達は飲み物を買って、まだ帰ってこない島田たちをベンチで待つ。

 

「途中までカッコ良かったんだけど…」

 

僕が言うと「俺もそう思った」と笑った。

 

 

 

 

「またなんかあったら言えよ、助けてやる」

 

 

 

 

 

僕が女の子だったら、こうやって人を好きになるのかな。

 

《男の子が男の子好きなんて変なんだよ》

 

何度も頭の中でその言葉を繰り返したけど、それでも僕は

 

誰にも打ち明けられないであろうその恋心を胸の前でギュッと握りしめて、閉じ込めた。