妄想小説家panのブログ。

素人の小説です。

プライド【10】

遊園地に行った日から、不思議なことにカズキやセイからの連絡が途絶えていた。

2週間ほどのことだけど、僕たちにとっては珍しいことだ。

僕は僕で、母親の店でアルバイトを始めていたから覚えることも多く忙しくしていたし、殆ど気にもせずにいた。

その間、薫さんのことが気になってはいたけど連絡先は知らないのでどうすることも出来ずにいる。

僕の存在を彼女の元に残すのは、危険だと思ったからだ。

例え無関係だと、昔の知り合いだと説明しても顔の半分が紫色になるまで殴るような男は聞き入れるわけがないからだ。

その証拠に、薫さんの携帯には殆ど誰の連絡先も入っていなかった。

旦那と保育園と、薫さんの職場、それくらいだった。

 

何かあれば薫さんが殴られる。

 

会いに行くしか安否を知る方法はないけれど、そのきっかけがないまま過ごしている。

 

それからしばらくして、セイから連絡があった。

会って話を聞いて欲しいという。

 

珍しいな、彼女でも紹介するつもりか?と茶化すと返事が返って来なかったので、気まずくなりながらも今日にでも会おうと約束した。

 

学校からの帰り、少し母親の店を手伝ってワケを話し、早いうちに仕事を終わらせてもらう。

こういう時、身内だと楽だと思ったけれど、その分大急ぎであれこれと言いつけられた。

 

待ち合わせ場所をいろいろ考えたが、結局は僕の家ということにした。

 

セイが来る頃には、父親はもう帰って来て新しいコーヒー豆を両手に抱えていた。

 

「お、友達か」

「こんばんは」

「コーヒー好き?飲む?いいのあるんだ」

「飲みます」

「では、うちのバリスタがお煎れします」

 

父親は僕にコーヒー豆の袋を押し付けた。

 

「セイ、いいよ部屋に行ってれば?」

「いや、いいよここで飲みたい。お父さんと」

 

セイが無邪気に笑ってそう言うので、普段は無口な父親も嬉しそうにセイとの会話を弾ませた。

 

コーヒーを飲み終えて後片付けをするうちに、セイを部屋にあがらせ、父親は名残惜しそうにしながらもひとり夕刊を読み始めた。

 

「リク」

 

階段の上から、セイが僕の部屋のドアを閉める音がした時に父親が静かな声で呼んだ。

 

「ん?なに?」

 

 

 

「あの子…ちょっと心配だな。楽しそうにしているが、心ここに在らずだ。よく話を聞いてやりなさい」

 

 

 

父親は、それしか言わなかった。

 

父親は、昔から人の気持ちをよく察する人だ。

僕が学校で嫌なことがあった時も、いくら強がって笑っていても「何かあったか?」と聞いて来る人だった。

 

母親はすぐに感情的になる人なので、僕としても父親には話しやすかった。

 

「わかった、ありがとう」僕はそれだけ言って少し深呼吸してから部屋に戻った。

 

ドアを開けると、セイは窓際のベッドの上に座って開けた窓から外を眺めていた。

 

「お前はもう…人の家の布団にすぐ乗るなよ」

 

「あのさぁ、リク」

 

「なに?」

 

「俺、フラれちゃった!」

 

セイは振り向かずに言った。

 

「あぁ、前に言ってた好きな人?無理だったの?」

 

「うん、絶対無理だってさ」

 

声は明るかったけれど少し震えていて、今にも飛び降りるんじゃないかと不安になり、僕は後ろから手を伸ばして窓を閉めた。

 

「なんで無理かって聞いたの?」相手は誰だかわからない。だから、想像も出来ない。

 

セイは返事をしなかった。

 

「とりあえず、そこから降りろ」

 

なんでだろう。

 

なんで僕は、セイがそこから飛び降りるかもしれないとこんなに不安になるんだろう。

 

セイは黙って降りて、テーブルを挟んで僕と向かい合い床に体育座りした。僕の顔を見ずに自分の膝に顎を置いて両腕はしっかりと膝を抱え込んでいる。

 

「そんなに好きだった?そんなに落ち込むんだ」

 

「大好きだった、ずっと」

 

「ずっと?」

 

「うん、ずっと」

 

「誰?俺も知ってる?」

 

チラッとほんの一瞬だけ僕のほうを見て、またすぐ目を逸らし、テーブルの上のテレビのリモコンにセイが手を伸ばした時、血の気が引く思いがした。

 

テレビはスポーツニュースを映した。

 

セイは、そちらに目を向けてはいるけれどその目は何も見ていないように思えた。

 

「お前…それ」

 

セイはハッとしたものの、リモコンを取る時にめくれあがった服の袖を戻すことはしなかった。

袖の中から、手首を横に掻き切るような浅い傷跡が何本も見えた。

 

昔から自傷癖があったわけでは決してない。

 

少なくとも、カズキの部屋で寝泊まりしていた時にはそんな傷跡は見たことがない。

 

「死にたかったわけじゃないんだ」

 

「フラれたから?」

 

「かな…わかんない」

 

「お前がそこまで落ち込むってどんな相手なんだよ、それが不思議だよ俺は」

 

また、黙り込む。

 

僕はスマホを手に取って、セイが興味もないアニメを見ている隙にカズキに連絡する。

 

《セイがおかしい。女にフラれてリスカしてる》

《どうすればいい?》

 

夜勤じゃなければいいけど。

 

でも、なんで俺なんだ?

 

ふと疑問がよぎった。こういう時、真っ先に話をするのはカズキじゃないか?

 

そう考えていると、返信があった。

 

カズキからだ。

 

 

 

一言だけ。

 

 

 

 

《俺のせいだ》

 

 

 

 

 

 

意味を理解しかねているとすぐにまた短く《ごめんな、セイのこと頼むわ》と返ってきた。

 

《どういう意味?》既読がついたまま、返事は途絶えた。

 

遊園地の帰りの車の中でセイが好きな人がいると話した時のこと、カズキの部屋で泣いていたこと、そして今のこのカズキからの返事。

 

全てを思い返して、頭の中でひとつのことが浮かんだものの

 

僕にはそれが理解出来ず、受け入れられず、ただ混乱した。

 

「なぁ…お前カズキには話したの?なんで俺なの?お前らのほうが仲良い…」

 

「気持ち悪いって言われた」

 

僕の言葉を途中で遮って、セイは叫ぶように言った。

 

「気持ち悪い!なに考えてんだ!ふざけんな!って」

 

「待てよ、落ち着けよ」

 

「二度と顔見せんなって」

 

確信するしかなかった。

 

カズキが言ったというその言葉は僕の頭にも一瞬浮かんだけれど、それよりもあまりに目の前のセイが弱りすぎていて惨めで可哀想でどんな言葉を選ぶべきかわからなかった。

 

でもそれでも、はっきりと確認すべきだった。

 

「お前はカズキが好きだったのか?」

 

返事はない。

 

「昔から?お化け屋敷で助けてもらってから?ずっと?」

 

セイは膝に顔を埋めていたけれど、鼻をすする音がした。

 

「えーっと…じゃ…ずっと彼女欲しいって俺たちと一緒に女の子と飲んでたのは?カズキを見張るため?だから、途中でいつも…」

 

「違う」

 

「じゃ、なんで?」やっと小さく返事をしたので、出来るだけ優しく聞いた。

 

「自分でもおかしいと思ったから…自分でもこんなの有り得ないって思ったから…」

 

「だから、他の子を好きになろうと思ったの?」

 

「でも無理だったから…」

 

「この前、カズキの家に泊まって泣いてたのは?なんで?」

 

「…めっちゃ聞くじゃん…」

 

鼻をすすりながら、少しだけセイは笑った。

 

「ごめん」

 

「あの日は嬉しかった。強くなったって言ってもらえて。でもカズキのことを好きになった時の気持ちを思い出して…でも、カズキの布団で眠るほど、こんなにすぐ近くにいるのに俺の想いは届かないんだって思ったら悲しくて」

 

「でも、言ったんだろ?」

 

「…俺ね、海外留学しようと思ってんの」

 

「へえ…すごいじゃん」

 

「今なら、親のスネ齧って行けるしね」

 

「うちの親のスネからは何も出ないけどな」

 

ふふ…とセイはまた笑って

 

「俺は弱いから、友達や親に守ってもらって生きてるから…もっと強くなろうって思った。ずっと悩んでたんだけど、あのお化け屋敷でカズキに強くなったって言ってもらったから…もっと強くなって来ようと思って」

 

と、相変わらず鼻はすすっていたけど少しだけ力強い声で言った。

 

「だから…受け入れられないのはわかってたけど、言っておきたかったんだよな…」

 

「怖かっただろ?でも」

 

「怖かったよ。怖かったし…わかってたよ?カズキに言われた言葉全部そのまんま言われるつもりでいた」

 

「気持ち悪いって?」

 

「うん、でもさ…そのまんま言われちゃったら意外にダメージがめちゃくちゃ強くて笑っちゃった。あーでも…甘かったな…二度と顔を見せるなってのは想像してなかったかも」

 

そう言うと

 

僕はそれを初めて見たんだけれど

 

セイは声をあげて泣いた。

 

子供みたいに泣いた。

 

ずっと持ち続けていた想いを吐き出しきるには、まだまだ足りないくらいだろうけれど、僕にはそれを黙って見守るしかなかった。

 

《二度と顔見せんな》

 

そう言ったカズキと

 

《セイのこと頼むわ》

 

そう言ったカズキと

 

僕はどうしても、納得がいかいでいる。

 

カズキは確かに高校生の時から素行も良くなかったし、勉強もあまり出来なかったし、口も悪くて、軽くて、適当なところはあったけど

 

大事な友達をそこまで痛めつけるような奴だっただろうか。

 

返事はないかも知れないけど、僕はカズキにメッセージを送った。

 

《全部聞いた。大丈夫》

 

すぐに既読がつく。

 

やっぱりそうだ。

 

ずっと気になっていたはずで、僕のメッセージを待っていたに違いないんだ。

 

その日は、セイを泊めることにした。

 

セイが泣き止んだのは、もう日付の変わった頃だ。

 

帰りに電車にでも飛び込まれてはたまらない。

 

途中、セイが買ってきたテイクアウトの弁当をテーブルに置いたけれどセイは手をつけずに僕のベッド泣き疲れて眠った。

 

完全に熟睡したのを見計らって、僕は自分が食べた弁当のゴミを捨てに台所に降りた。

 

階段を降りる途中、リビングにはまだ電気がついていて父親が深夜ドラマを見ながらビールを飲んでいた。

 

「母さんは?寝た?」

「とっくに」

 

「父さん、寝ないの?」

「このドラマ面白いんだ」

 

「そっか」

「どうだ?泣き止んだみたいだな」

 

「やっぱ聞こえてた?母さんがびっくりして飛び込んで来ないかハラハラした」

「父さんがおさえていましたよ」

 

「ご協力感謝します」

 

ゴミを捨てて、僕も冷蔵庫から缶ビールを2本取った。

 

「あのさ…父さん」

 

1本を父親に渡し、セイのことを話した。

1人では背負いきれないことだったし、僕はやはり子供の時から父親を信用している。

 

ひとしきり話を聞いて、父は深く深くため息をついた。

 

「難しい話だ」

「うん」

「お前も辛い立場になったな」

「どうしたらいいんだろう」

 

「正直に言う」

「なに?」

 

「俺にもわからん」

「だよね…」

 

「でも、わかることは…誰も悪くない」

「うん」

 

「カズキ君って子は…言葉はひどいがそれが一般的な反応だ」

「うん」

 

「それに、それは本心なのか?父さんはカズキ君を知らないからわからない。お前ならわかるだろ」

「…わかるよ…」

 

「不器用な子だな、みんな」

「俺も?」

「お前が一番だろ」

 

しばらく、そのまま黙って父親とドラマを見たけれど内容は頭に入らなかった。

最後に一言、父親は言った。

 

「なんでもいいから、友達は死なせるなよ」

 

「わかってる」

 

階段を登って、部屋に戻る。

 

セイはよほど泣き疲れたのか更に布団にくるまるように寝ていた。

ずっと眠れなかったのかも知れない。

 

誰かに話すことも出来ず、思い余って僕に話しに来た。もちろん、僕に拒絶されることも想像していたに違いない。

 

正直に言うと、気持ち悪いとは思う。

 

だけど、それは本人が一番良くわかっていて何度だって振り切ろうとしたはずだ。

 

そして、意を決して想いを伝えたら思っていた以上に拒絶されてしまった。

 

死にたくなるのは当たり前だ。

 

それでも、手首の傷は浅かった。

死ねるようなものじゃない。

 

でも、何度も何度も切ったんだろう。

想いを振り切りたかったから。

 

僕にはよくわからない。

 

男を好きになる心理も、自傷する気持ちも分からない。

でも、セイとカズキの仲の良さを羨ましいと思っていたし、この2人と一緒にいられることは誇らしかった。なのに

 

「終わっちゃうのかよ…お前らさ」

 

思わず、セイの寝顔に語りかけた。