妄想小説家panのブログ。

素人の小説です。

プライド番外編【佐々木セイヤの話③】

思わず、読みかけの本を床に落とす。

 

「俺のことが好きで泣いてんの?」

 

美香は赤い目をして僕の顔を真っ直ぐ見た。

 

「うん」

「…えーっと…なんで泣くの?」

「だって私の事なんてなんとも思ってないよね?」

 

正直なところ

 

なんとも思っていない。

 

友達だ。

 

顔は人並み以上には可愛いし、優しいし、嫌いな部分は何もないけれど、何よりさっきまで美香はカズキのことが好きだと思っていた。

 

僕が黙り込むので、美香は「ほらね」と言った。

 

「なんで俺なの?」

「不思議だからかな」

「なにそれ」

「情けない時もあるし、ちょっと冷たい時もあるけど、時々カッコよかったり優しかったり…なんかよくわからないところがいっぱいあるの。昨日も私の事ちゃんと守ってくれたでしょ?」

 

「あれはでも…」

「めっちゃ震えてたね」

「…うん」

「震えるくらい怖かったのに頑張ってくれたよね」

「うん」

「セイは私を守りたくて頑張ったんじゃないのはわかってるの。カズキやリクのために逃げずにいてくれたのわかってるよ…でも、私はセイが好きだから嬉しかったよ」

 

「ごめん…でも…」

 

「わかってる。もっとハッキリ言おうか?」

 

「え?」

 

「セイは、私の事をなんとも思っていないんじゃなくて…」

 

美香はベンチに置いた僕の左手をギュッと両手で握って、小さな声で言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「女の子を好きになれないでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美香に握られた手が急に汗ばんで、だけど背中はヒヤッとして寒くなる。

 

何故、僕は否定しないんだろう。

 

「そんなわけないだろ!」と言えばいい。

 

「なに言ってるんだ」と怒ればいいじゃないか。

 

 

「また震えてるよ」

 

 

美香は笑いながら、そっと手を離して

 

 

「自分でもちゃんと気づいてないんだよね…でも大丈夫だよ」

 

 

そう言って、僕から荷物を受け取ってホームに入ってきた電車に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよ…どうした?」次の日の朝、僕はよほど酷い顔をしていたんだろう。リクがギョッとした顔をして僕の後ろの席に座った。

 

「なんでもない」

昨日、全く眠れなかった。

いろいろと情報量が多すぎる。脳の処理能力が追いつかない。

 

美香が僕を好きだということ。

 

僕が、女の子を好きになれないと言われたこと。

 

女の子を好きになれないことは、少しだけ気づいていたかも知れないことだけれど

 

自分がまだそう認めていないというのに、他人に指摘されてしまったこと。

 

そもそも  

 

なんで僕なんだよ。

 

あの時のことなら、カズキやリクの方がかっこ良かったじゃないか。

 

僕なんか何も出来ずに震えてただけじゃないか。

 

「わけわかんないよ」

 

「俺はお前がわけわかんない」

 

「お腹すいた」

 

「朝ごはん食べなかったの?」

 

「食べられるわけないじゃん!」

 

「いや、なんで?」

 

リクに散々、当たり散らしたけどこいつはニコニコ笑ってるだけだ。

 

余計に腹が立つ。

 

そもそも、どうするんだ。

 

カズキからは、しばらく美香を送ってやれと頼まれているのに

 

なんで初日に告白なんてしてくれるんだ。

 

いや違う。

 

僕が無理やり追いかけてって聞いたんだ。

 

聞かなきゃ良かった。

 

 

 

 

 

 

 

放課後、僕は仕方なく美香のクラスのある校舎の靴箱の前で待った。

 

美香はひとりで降りてきて、僕を見つけると小走りで駆け寄ってくる。

 

「送ってくれるの?」

 

「美香はどうして欲しいの?」

 

「…送って欲しい」

 

「じゃ、行こ」

 

少し不機嫌そうな僕に気を使うように上目遣いで「ほんとにいいの?」と美香は聞いた。

 

「いいから待ってたんだよ」

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、夏休みに入る頃まで続いた。

 

噂では、松岡は停学の後に自主退学したということだ。

 

「もう怖い人いなくなったから、二学期からはひとりで帰るよ」美香からそう言った。

 

「うん、わかった」

 

「ホッとしてるでしょ」

 

「そんなことないよ」

 

「…あのさ」

 

「ん?」

 

「えっと…」

 

美香は言い淀んで、途端に目がうるっとしたので僕は慌てて「泣くな!」と言った。

 

「泣かないで言うならちゃんと聞いてあげる」

 

美香は子供みたいに口を真一文字にきゅっと結んで大きく息をした。

 

「一度だけでいいから…私とデートしよ」

 

「は?」

 

「夏休み、一度だけでいいから2人で遊びたい」

 

「でも…」

 

「わかってる、付き合うとかじゃないの。1日だけ一緒にいて欲しい。そしたらあきらめる」

 

まただ。

 

聞いてあげると言ったのは僕の方だ。

 

「…いいよ」

 

「いいの?ほんと?」

 

「泣かなかったから…いいよ」

 

「ありがとう」

 

僕は前から聞きたかったことを深呼吸して聞いた。

 

「あのさ…この前、俺が女の子を好きになれないって美香は言ったじゃん」

 

「言ったよ」

 

「そういう風に見えてるのに、なんで俺のこと好きでいられるの?」

 

「なんで?」

 

「気持ち悪くないの?そんなの」

 

「だって、セイはセイでしょ?私はセイが好き、それだけ」

 

ニッコリ笑って手を振り、美香は駅のホームへの階段を上っていく。

 

「電話するね!約束だからね」

 

「…うん、待ってる」

 

僕は、どうしてこの子を好きになってやれないんだろう。

こんなに僕のことをわかっていてくれて、それでもこんなに泣きたくなるくらい好きでいてくれるのに。

 

なんで、僕は素直にこの子を好きになってやることが出来ないんだろう。

 

きっと、大切にしてあげなきゃいけないはずなのに。

 

 

 

 

 

 

 

夏休みに入って、リクはカズキと同じファミレスでバイトを始めた。

そして僕は、リクの中学生の妹に勉強を教えることになった。もちろん、バイト代は払って貰えるらしい。

 

リクの妹は部活ばかりしていてあまり勉強が得意ではなく、リクが教えてあげてもいいのだけれど、反抗期真っ盛りで兄の言うことなど聞かないらしく僕にその役目が回ってきた。

 

反抗期とはいえ、他人の僕の言うことはよく聞く子だから楽なアルバイトだ。

 

 

そして、暇さえあればカズキかリクどちらかの家に集まって遊んだ。

 

 

8月の半ば頃、美香と少し電車に乗って遠出して映画を見に行った。

 

「なに観る?セイ」

「ホラー以外で」

「じゃ、犬鳴峠で」

「殴るぞ」

 

結局、時間の都合なんかもあって美香の好きなアイドルが出ているというアニメの実写映画を見た。

 

僕には退屈な内容だったけど、隣で嬉しそうにニコニコとスクリーンを見つめる美香を見ていたら、少し楽しく思えた。

 

待ち合わせた時から、ずっと笑ってくれていて

 

僕といることでこんなに嬉しそうにしてくれることが嬉しくてたまらなかった。

 

その後、映画館が入っているショッピングモールで美香の買い物に付き合った。

 

帰りの電車の中、美香は嬉しそうに買い物の袋を抱えていたけれど降りる駅が近づいて寂しそうに「もうデート終わるね」と呟いた。

 

真夏の夕方、まだ空は明るい。

 

「まだ遊ぶ?」

「遊びたいけど、それはワガママ過ぎない?私」

「いいよ、今日は付き合う」

 

僕自身が、寂しい顔を見たくなくてそうしたかった。

 

「でも、どこ行こうか」

正直、夏休みの人混みにはもう疲れていた。

 

美香はしばらくうーんと考え込んで

 

「セイの家に行きたい」と言い出した。

 

「え?マジで言ってる?」

「お金持ちの家を見たい」

「なんだそれ、普通だよ」

「それは嘘だけど、セイ疲れてるでしょ?もう人混み嫌でしょ?」

「うん」

「さっきの映画の元ネタのアニメ見よう」

 

 

女の子を家に連れて帰ったら、家にいるはずの母はどんな顔をするだろう。

でも、疲れているのは本当なのでアニメには興味はなかったけれど、その意見に賛成した。

 

駅前のレンタル屋でDVDを借りて、バスに乗り継いで僕の家にむかう。

 

バス停から住宅街の少し坂を登ったところに僕の家がある。

 

「やっぱデカいじゃん…普通じゃないよ」

「そう?」

 

「ただいま」玄関を開けると、女性用の靴がいくつか綺麗に並べて置かれていた。

ダイニングから「おかえり」という母の声と賑やかな話し声がする。

 

今日は、母が趣味と実益を兼ねて月に一度自宅で開いている料理教室の日だったらしい。料理教室とは言っても、少人数のサークルのような集まりだ。

花嫁修業にといったところだろう。

 

「仕事中ごめん、友達連れてきたけど…かまわなくていいから」ダイニングのドアを少しだけ開けて母に声をかけた。

 

「お邪魔します」少し怖気付きながら美香も顔を出して挨拶する。

 

母は驚いた顔をしていたけれど、生徒の前だったのでその驚いた顔のまま「ゆっくりしていってね」と言うだけだった。

 

夕ご飯の時に、厳しい尋問を受けることにはなるだろう。

 

「大丈夫かな?お母さん」

「大丈夫、俺が友達連れてくるのが珍しいだけ。しかも女の子だしね」

 

階段を上って部屋に入り、クーラーとDVDプレーヤーの電源を入れる。

 

一度だけ、料理教室を終えた母が部屋に来て冷たい飲みものを置いていった。

 

クーラーはつけていたけれど、部屋にはまだ真夏の空気がこもっていて暑かった。

 

借りてきたアニメを見ながら、初めはキャッキャと笑っていたけれど、僕は少し後悔しはじめていた。

 

僕のことを好きだと言っている女の子を部屋に連れてくるなんて、どうするつもりだ。

 

僕は美香の寂しい顔が見たくなくてここに連れてきたはずなのに、帰るのが寂しくならないわけがないじゃないか。

 

そう思った時には、DVDはもう終わっていて

 

隣に座っていた美香は僕の腕をギュッと握っていた。

「帰りたくないの?」

美香が頷く。

 

帰らせなきゃいけない。

 

帰りたくないのなんて聞いたらダメなんだ。

 

その僕の想いとは反対に、美香の力は強くなって僕は思わずその手を掴んで引き剥がした。

 

「俺、美香のこと好きじゃないんだよ?わかってるんでしょ?」

「わかってるよ!わかってるけど…それなら帰れって言ってよ!なんで言わないの?なんで私の言う通りにするの?」

 

「…今日だけは聞くって約束したじゃん…」

「だったら、今日は聞いてよ」

 

「美香が傷つくよ」

「わかってるよ」

「俺だって男だからね」

「わかってる」

「泣かないって約束する?」

「うん。私も約束してして欲しい」

「なに?」

 

 

「謝らないで」

 

 

 

部屋の暑さに朦朧としながら、僕は美香を床に押し倒して

 

ぎこちなくキスをした。

 

「また震えてる」

 

美香が笑った。