妄想小説家panのブログ。

素人の小説です。

プライド番外編【佐々木セイヤの話⑥】

どうやって家まで帰ったかは覚えていない。

 

自分の部屋に帰って、荷物を床に投げて、ベッドに転がると頬がピリっとした。

 

帰り際、二度と顔を見せるなと言われても僕が出ていかなかったから、カズキは空き缶と一緒に転がっていたガラスのコップを投げた。

 

僕の足元で割れて、小さな破片が飛んだ。

 

一瞬、カズキの怒った顔がハッとしたけどすぐに元に戻って「二度と顔見せんなって言ってるだろ」と背を向けた。

 

少し、頬が切れていることにやっと気づいた。

 

気づくまではなんともなかったのに、今はとても痛い。こんなに小さい傷がこんなに痛かったっけ…と笑えた。

 

なんでこんなことになった?

 

なんで僕は誤魔化さなかった?

 

寝ぼけてたんだって言えばよかったじゃないか。

 

なんのために今まで、こんな風に拒絶されて一緒にいられなくなるのが嫌だから誤魔化し続けて来たのに。

 

 

 

 

 

死んでしまいたい。

 

 

 

 

 

 

ふと頭をよぎった。

 

僕と過ごした後に突然消えた美香のように、今ここで消えたら一生忘れられないだろう?あんなこと言わなきゃ良かったって一生後悔してくれるだろう?

 

 

 

人が死のうと思う時、こういうものなのかなと思った。

 

気がついたら、僕はベッドの脇の机に置いてある鉛筆立てをひっくり返して、カッターナイフを手に取っていた。

 

手首なんて切って、本当に死ねるなんて思わなかった。

 

どうせ、死ぬほど深く切る勇気なんてない。

 

ただ、歯を手首にあてるとヒヤッとして気持ちが良かった。スっと引いたら、最初は何も無かったけど、少しづつ血が滲んだ。そして、テーブルの上の留学の資料の山に赤く落ちる。

 

痛い。

 

こんなに浅く引いただけでこんなに痛くて怖い。

 

頬も手首も痛い。

 

 

結局、死にたくはないんだ。

 

 

情けないけれど、死にたくない。

 

 

だけど、僕はこの日から

 

 

こうやって自傷行為を繰り返していく。

 

体が痛い時だけは、心に受けた傷が痛まなかったからだ。そして、死にたくないと思い直すことが出来たからだ。

 

 

 

明らかに、僕の様子がおかしいと家族は気づき始めていたけれど

当の僕が、それに気づいていなかった。

 

学校には行っていたし、家族と一緒に食事もしていたし、少し部屋にこもる時間が多くなったくらいだと自分では認識していた。

 

ある時、洗面所で顔を洗おうとして、母が使ったまましまい忘れていた顔用のカミソリが目に入って

 

僕はすっかり中毒状態だったから、反射的にそれを手に取って手首にあててしまう。

 

だけど、いつもの工作用のカッターナイフとは違ったのか、使いなれないせいで力加減を間違えたのか、思った以上に深く切れてしまった。

 

いつも以上に痛くて、いつも以上に血が流れ出して、僕はそれを見て気が遠くなりそうで、洗面所の床に膝をついた。

 

怖い。

 

死にたくない。

 

そうやって怯えていると、僕が倒れ込んだ音に気づいて父が洗面所に飛び込んできた。

 

「セイヤ!」

父は僕を抱き抱えて、腕を力いっぱい握った。そして、ネクタイで手首の下をきつく結ぶ。

 

「セイヤ、大丈夫…大丈夫だから」優しくそう言われて、思わず僕は、子供の時のように父の肩に手をまわして泣きながら抱きついた。

 

母は、後から騒ぎに気づいて慌てていたけれど、血はすぐに止まったし、僕が落ち着くまで2人で見守ってくれていた。僕の様子がおかしいと気づいて、敏感になってくれていたようだ。

 

そして、父や母とリビングのテーブルを挟んで向かい合って、長い時間をかけて話をした。

 

小さい時から、男の子が好きだったこと。

 

中学生の時はいじめられていたこと。

 

そこから救ってくれた友達がいること。

 

好きな人に想いを伝えて激しく拒絶されたこと。

 

途中、母が泣き出したので「ごめんなさい、たった1人の子供なのにこんな風になってしまって」と言った。

 

父はそれを聞いて「お前が謝る必要なんかどこにもない。辛かったことに気づいてやれなくて親として失格なのはこっちだ」母も頷く。

 

「セイヤはセイヤの生きたいように生きたらいい。拒絶されて死にたいくらい辛いだろうけど、セイヤのような人はきっとたくさんいるし、受け入れてくれる人にいつか出会える」

 

父は一呼吸置いて続ける。

 

「ただ、父さんたちが言うことを聞いて欲しいことはひとつだけある。生きていて欲しい。それだけだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

その日は、一生分泣いたと思う。

 

机のカッターナイフは、父に預けた。

 

手首には何本もの自傷行為のあとが残っているけど、自然に治ってくれることを待つしかない。

 

そして、あれからずっと会っていなかったリクに連絡をした。

 

リクは、なんて言うだろう。

 

間違ってもカズキみたいに、思っていても気持ち悪いとか二度と顔を見せるなとか、そんなことは言わないはずだけど怖かった。

 

だけどもう、そんなことを話せる相手はリクしかいない。

 

 

 

そんなことは、余計な心配だった。

 

リクはずいぶん焦っていたし、混乱していたし、かなり困らせてしまったと思う。

 

でも、やっぱり僕の話を根気よく聞いてくれて、心配してくれて、優しかったから、一生分泣いたつもりでいたのにまた僕は泣いてしまった。

 

そして、それから毎日僕の様子を聞いてくる。

 

単純で、お節介だ。

 

だけどある日、珍しく連絡がなく

 

反対に僕が心配することになってしまう。

 

夜になってメッセージを受信する音がして、リクからだと思い画面を開くが予想外のことだった。

 

カズキからだ。

 

手が震えたけれど、短いメッセージを読んだ。

 

《リクが大怪我をして病院に運ばれた。俺は行けないから頼む》

 

それを読んで、カズキが顔も見たくない僕にわざわざメッセージを送らなければならなかったことや、カズキが行けない理由を考えることもせず、咄嗟に部屋を飛び出した。

 

「父さん、お願いがあるんだけど…」

 

僕は車の免許を持っていなかったので、父に車を出してもらってリクのところへ急いだ。

 

ずっと車の中で震えていた。

 

死ぬなよ。

 

頼むから死なないで。

 

僕は両手を固く組んで、信じないと言った神様に都合よく祈る。

 

どうか、大切な友達を奪わないでください。

 

僕の来世なんて、どうなったっていいから。

 

 

 

 

病院についた時にカズキに「病院についたよ」と返信した。

 

すると《悪いけど一緒にいてやってほしい。あいつも傷ついてる》と返って来た。

 

それにしても、都合のいい話だ。

 

僕に二度と顔を見せるなと言っておいて。

 

なんで

 

嫌いにさせてくれないんだよ。

 

 

 

僕が着いた時には、リクは心配することもないそうで、ただ眠っているらしかったのでリクのお母さんに頼まれて傍に付き添った。

 

「なんだよ…もう…」ホッとして全身の力が抜けるようだった。

 

神様に頼んだりして損した。

 

昔にも、見た光景だなと思って懐かしんだ。

 

あの時は、吹き飛ばされて自転車の下敷きになってたっけ。そう思い出すと笑えて来た。

 

本当に馬鹿だな。

 

外に人の気配がしたので出てみると、見た事のある部屋着の女性と目が合う。

 

あの人だ。リクはこの人の為に。

 

化粧けもなく部屋着だったけれど、綺麗な人ではあると思ってしばらく眺めたけれど、彼女は何も言わずに立ち尽くしている。

 

「俺の友達、利用しないでください」

 

僕が言うと、その人は小さい声で言った。

 

「カズキ君にも言われました」

 

「でしょうね。リクは単純なんで…無駄に傷つかないでいて欲しいんで…大事な友達だから」

 

「ごめんなさい」

 

「わかってくれたらいいですけど…あ、でも恥ずかしいんで俺がこんなこと言ったのリクには言わないでください。あいつ馬鹿だし喜んじゃうから」僕が笑って言うと、少しその人の顔もほころんだ。

 

「これからどうするか知らないですけど、リクに悪いと思うなら幸せになれるように頑張ってください。リクのことは俺たちがいるんで大丈夫です。あいつには絶対幸せになってもらうんで」

 

なんの根拠と自信があって言っているんだと自分でおかしくなって来た。

 

その人は、少しだけ遠くからリクの顔を見て「ごめんなさい」と言って去っていった。

 

しばらくして、リクの目が覚めて

 

いつまでも馬鹿みたいにボーッとしてるから

 

「人に死ぬなよって言っておいて、なに死にかけてんの?」と笑ってやった。