妄想小説家panのブログ。

素人の小説です。

W【1】

もう秋だというのに、夏の暑さがまた帰ってきたような日だった。

 

理沙の経営するカフェの店内は久しぶりにクーラーを効かせていたけど、ドアが開く度にムッとした空気が入ってくる。

 

「外、暑そうね」

「暑かったよ、汗だくになった」

 

仕事の昼休み、時間に余裕がある日はいつも理沙の店に行って昼食を食べる。カウンター数席と4人がけテーブルがふたつあるだけの小さなカフェだけど、金曜日のランチメニューのカレーが人気だ。

 

オフィス街からは少し外れた、古い商店街にあり、近くの幼稚園に通わせる主婦なんかに人気らしい。

 

「なかなか席が回転しないから大変」なんてボヤいていたけど、楽しそうにやっている。

夜は少しお酒も飲めるバーになるので、これもそれなりにいつも客が入っている。

 

3時に一旦ランチを終えるので、2時を過ぎると客もそれほどおらず、昼休みが遅い僕には好都合だった。

 

ちょうど、僕が店に入って食事をしようとしたくらいに、幼稚園のお迎えのお母さん達が出ていって、今は他に客がいないので落ち着いて理沙と話せる。

 

「今日、仕事遅くなる?」

「なんで?またバイトいないの?」

「そう、追試なんだって」

「ホントかどうかわかんないけどね」

「若いから仕方ないよー合コンでも入ったんじゃない?」

 

夜は、バイトを雇っているけど時々ドタキャンされることがあって、そんな時に理沙は助っ人に僕を呼ぼうとする。

 

「金曜日の夜にバイトがドタキャンとかありえなすぎるだろ。いいよ、仕事終わったらね」

「ありがとう」

 

理沙とは昔、理沙がこの仕事を始めるきっかけになったカフェバーのバイトで知り合った。だから、仕事を手伝うことは出来るし気分転換にもなるから嫌じゃない。

 

でも、理沙がバイトの休みに寛容すぎるのが気になるだけだ。

 

閉店30分前になって、カランと入口のドアが空いた。

 

「まだやってますか?」

 

明るい声が聞こえて顔を上げる。  

 

「いらっしゃいませ、まだ大丈夫ですよ」

理沙が笑顔で客を招き入れる。

 

ベージュ系の明るい髪の軽そうな男がひとり笑顔で入ってきてカウンターに座る僕の後ろを通る瞬間、僕の顔を見て一瞬真顔になる。

 

そして、すぐにさっきの笑顔に戻って言った。

 

「あれ?タクじゃん、久しぶり!」

 

「友也…?」

 

「え?知り合い?」理沙が水を運びながら僕たちの顔を見比べる。

 

「うん…あの…」

「高校の同級生なんですよ!クラスも同じだった」

 

「へーそうなんだ!」

 

「俺、途中で辞めちゃったんですけど」

そう言って、僕の隣に座った。

 

「な!タク!」

屈託ない笑顔でニコニコと僕に顔を近付ける。長めの前髪に隠れた目は冷たい。

 

「また遊ぼうよ」

 

その声は、僕には地獄の底から亡者が呼ぶ声に聞こえた。冷たい汗がひとつ、背中を伝う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません、俺行きますよ」

 

理沙の店の夜の営業が終わって、ゴミをまとめた袋をビルの裏手のゴミ捨て場に持っていこうとすると、バイトの晴人がそう言った。

 

晴人はフリーターで、昼間は宅配便をやっていて夜は理沙の店で働く。お酒に詳しくて、真面目によく働くし、背も高く、顔も良いのでずいぶん女性客が増えてくれたと理沙は喜んでいる。

 

理沙は彼を信頼しているので、客が少ない時などは店を任せて出ていくこともある。

 

「じゃ、お願いします」

「はい」

 

ニコッと爽やかに笑って晴人は裏口から出ていった。

 

昼間に見た、友也の笑顔を思い出して少しゾッとする。

 

「お疲れ様、タク。ありがとう」

「うん、いいよどうせ理沙が仕事だったら暇なだけだし」

「なんか飲む?」

「別に何もいらない」

「ねえ、昼間の人さ…同級生って言ってた…」

「ああ、あれね」

「本当に仲良かったの?そんな風には見えなかったけど?」

「うん…ま、どうだったかな…」

 

そこから僕が黙り込んだので、理沙もそれ以上は聞かない方がいいと思ったのか話題を変えた。

 

「帰りにコンビニで明日の食パン買わなきゃ…覚えといてくれる?」