プライド番外編【福田カズキの話②】
それはお前の本心なのか?
殴られて、意識朦朧としてるくせに、何言ってるんだ。
好きな女のために殴られに行って、死にかけてる時に友達から罵詈雑言浴びせられて
それでなんでまだそんなことが言えるんだ。
振り絞るようにそう言ったリクは、ふと途切れて目を瞑った。
「リク!!!リク!!!」
《リクが死んじゃったらどうするの?》
また、ふいに幼なじみの言葉が蘇った。
「リク!!」何度呼んでも、肩を叩いても、もう何も言わなかった。
《もう目を覚ましたから大丈夫だよ》
セイからメッセージが届いた。
二度と顔を見せるなと言っておいて、俺が助けを求めたのは結局セイだった。
リクが救急車で運ばれたと連絡して、しばらくは既読がついたまま返事がなかったけど
セイは《わかった》と言った。
自分のずるさに腹が立つ。
あまりに腹が立つし、なのに誰も責めないから、自分が情けなくて頭を掻きむしる。
夜中になって母が帰ってきて、真っ暗な部屋で座り込んでいるのを見て「何やってんの、大丈夫?」と言う。
「リク君だったら大丈夫よ」
疲れた顔をして電気をつけた。
「また友達にひどいこと言って…そうやって落ち込むくせに何やってんの。ちょっとは学びなさいよ」
「うん…」
「あんたみたいな馬鹿のためにセイ君も来てくれたし、リク君は自分が悪いんだって言うし…甘やかされすぎなのよ、あんたは」
全部、その通りだ。
「しっかりしなさい」
「うん…」
「でも、あんたが飛び込んで助けたから良かったんだよ。そうじゃなきゃ、殺されてたかもね」
「…良かった…死ななくて…」
「カズキ???」
俺はそのまんま床に倒れ込んだ。
熱が出た。
熱を出して母に看病してもらうなんて何年ぶりなんだろう。
「ちゃんと水分取りなさいよ、何かあったら呼んでね」
「うん…」
「ずっと熱出してなさい、素直だから」
ベッドの傍のテーブルにスポーツ飲料を置いて、母は出ていった。
熱にうなされながら夢を見た。
《カズキが変わらなきゃ》
突然いなくなった幼なじみの美香が仁王立ちして、説教をする。
全然、変わってないじゃないか。
どこ行ったんだよ、あいつ。
早く叱りに来てくれよ。
次の日の昼頃には、熱が下がったけど頭が割れるくらい痛い。
でも、汗が気持ち悪かったから流そうと風呂に向かうとドアを叩く音がした。
誰だよ。
めちゃくちゃ不機嫌な顔をしてたと思う。
そっとドアを開けると、あの女が立ってた。薫だ。
「なに?俺、めっちゃ頭痛いから用があるなら母ちゃんに…」俺の言葉を遮るように、薫はドアの隙間からすっと手を出した。
「これ…返しておいて欲しいんです」
「は?」俺はそれを初めて見たけど、リクとセイと3人で行った遊園地のキャラクターがついた赤ちゃん用の玩具だ。
あの時、リクはこれを買いに行ったのか。
「返してどーすんの?捨てとけよ」
「でも…」
「リクのこと忘れるって言ってやりたいの?」
「捨てられないけど、忘れないと…」
「都合いいことばっか言ってんなよ!返された方の気持ちにもなれよ!」
薫の手を押し出して、ドアを閉めた。
ドアの外で、チリンと音がした。
「置いてくんじゃねえよ…自分で返せよ…」
帰って来た母に聞くと、一緒にリクの家に行ってきたそうだ。そして、今から保護施設に連れて行くと言う。
自分で返せなかったのか。
だからって、俺に渡されても困るんだよ。
俺はその玩具を拾って、頭がガンガンするけど…俺も謝りに行かなくちゃいけない。
「母ちゃん、頭痛薬ちょうだい。俺も出かける」
「大丈夫なの?どこ行くの」
「リクに謝りに行く…」
「謝れるの?ちゃんと」
「わかんない、自信ない、また余計なこと言うかも…」
「馬鹿だね、あんたってホントに」
「ごめん」
「仕方ないね、あんたはそういう子なんだから仕方ない。とりあえずお風呂入って着替えなさい」
頭痛薬を渡しながら、母は笑った。
母が車を使うので、電車で行くことにして駅まで歩き出した。歩きながら、リクに電話をかける。
「渡したいものあるんだけど」
「なに?でも俺、外出られないよ?顔ヤバいから」
「そっち行く」
「うん、いいよ」
それだけ話して、そういえばリクの家なんてもう何年も行ってないからちょっと不安だった。
リクに会うのも。
リクは、酷い顔をしてた。
ずいぶん、マシになったみたいだけど目の上は切れて腫れているし、目の下もも真紫だ。
大丈夫かとか。
生きてて良かったとか。
そんなこともひとつも言えなくて、あの女から預かった物を渡して
それを見てリクがその酷い顔をまた哀しそうに歪めたから、見ていられなくなって、案の定また酷いことを言う。
リクは何も言わないから、言うだけ言って、勝手に泣いていたらリクは「なんでお前が泣くんだよ」と呆れていた。
呆れていたけど、リクの父親も出てきて、泣いて話をするのを聞いてくれた。
リクは「俺は間違ったことしたから何を言われても仕方ない」「でも、セイは何も悪くないんだ」そう言うだけで、それ以上責めなかった。
だけど、セイは怒っていた。
怒っていたというより、話を聞いてもくれなくて、俺自身もセイの手首の傷を見せられて頭が真っ白になって言いたいことがうまく言えなかった。
「二度と顔を見せるなって言ったじゃないか」
「お前らなんか大嫌いだ!」
セイは苛立って帰ろうとするから、どうしてももう失いたくなくて後ろから捕まえて思い切りだきしめた。
それでも、セイは怒って振りほどこうとしたけど他に方法が思いつかなかった。ただ、そうやって謝って、泣くしかなかった。
あの時も、あんな酷いことしないでこうしてちゃんと捕まえておいて、話をすれば良かった。
セイは、しばらくの間は俺の事を責め続けたけど、そのうちに逃げようとしなくなって「もういいよ」と言った。
セイは「一生分泣いた」と言った。
でもリクが「こいつもきっと一生分泣いたよ」と言ってくれた。
自分だって、泣きたいくせに。
それから、俺たちは海へ行って
好きなことを好きなだけ話して、何事も無かったように笑って時間をすごした。
真っ暗な夜の海で、砂浜におりていくセイを俺が心配するのを、リクが「あいつはもう大丈夫だよ」と笑顔で見守る。
「リクだったらどうしてた?」
「なにが?」
「あいつに好きだって言われたのがリクだったらどうしてた?」
「あー…別に無くはないんじゃない?」
「は?マジで言ってんの???」
「何にでも可能性0なことないだろ」
「お前…ちょっと雑食すぎない?お腹壊すよ?1回ちょっと去勢してもらえ!」
「犬かよ!」
「でも…お前みたいなの羨ましいよ」
「カズキは融通聞かなさすぎだからね、真面目すぎる。でも俺は好きだよ?そういう馬鹿」
「ひと言余計だよ」
死ぬほど笑い転がって、海に叫んで、騒いで…久しぶりに心の底から楽しかった。
だからって、いつまでもこのままではいられないし
そのうち、みんなそれぞれやりたいことが見つかって
恋人が出来たり結婚したり子供が出来たりして
いつかはまた会わなくなるんだろう。
また、大きな喧嘩もするかも知れない。
誰かが間違ったことをするかも知れない。
リクは、優しいし誰にだって好かれるけど、ちょっと自分をコントロール出来ないところもあるし
セイは、特に心配だ。また、誰かを好きになって傷つけられることもあるはずだ。誰かあいつを大切にしてくれる人に出会えるだろうか。
でも
きっと、大丈夫だ。
根拠はないけど、信じるしかないんだ。
また、誰かが傷ついた時は誰かが助けてあげよう。
「君たちは若いから苦しんでいる暇がある」
そう。
まだ俺たちは、たくさん苦しんでいいんだ。
必ず何度でも立ち直れるはずだから。
【完】