妄想小説家panのブログ。

素人の小説です。

W【6】

※順番間違えのため先に【1~5】へ。

 

 

理沙の店はその日、客の入れ替わりが多く忙しそうだったけどラストオーダーが済むとずいぶん静かになった。

 

手が空くと理沙が僕たちのところに来て、3人で話し始めた。

理沙は一瞬、友也の胸のあたりを見て眉をピクっと動かして反応した。昨日は今日ほど肌の露出が無かったから、身体の傷跡に気づいてなかったようだ。

 

「気になる?」友也は理沙の視線に気づいていて、ニコッと微笑みながら言う。

「あ、ごめんなさい」

「いいよ、別にもう隠してないから」

 

上手い具合に、手首から先や鎖骨までは擦り傷ひとつなくて、服をきちんと着ていたら見えないようになっている。

 

服の上からは見えないようにする。

 

虐待の見本だ。

 

結局、その日は思い出話…と言っても1年もない僕と友也の日々の楽しかったほんの一部分を理沙を混じえて笑って話しただけだった。

 

閉店前に友也は僕の飲んだ分も払って「じゃ、またね」とあっさり帰って行った。

あいつはまだ、理沙の前だから本当の顔を見せないでいるから、その日をやり過ごしたことに僕は素直にホッとした。

 

 

 

 

 

部屋に帰ってすぐに、理沙が台所に立って夜食を作ると言った。結局、理沙が忙しそうで店ではほとんど何も食べずに飲んでいただけなので、2人ともお腹がすいていた。

 

「いいよ、俺なんかやるよ。疲れてるでしょ?」

「いいの?」と理沙は冷蔵庫を開けて飲み物を捜す。

 

「あれ?これ何?」

「あ、そうだ…晴人がカレーくれた」

「そうなの?言ってよ、お礼言わなかった」

「代わりに俺の服あげたし大丈夫。あの理沙に不評だったやつ」

「押し付けてんじゃん。じゃ、カレー食べようか?」

「そうだね、ちょっと夜中には重いけどね」

 

テーブルに2人分、温めたカレーを置いて手を合わせて食べようとすると理沙が「タクは知ってたの?」と言った。

「なに?友也のアレ?」

「そう」

「知ってたよ、たまたま知ったんだけどね…最初は」

「そうなんだ…あれって」

「虐待されてたんだろうね」

「やっぱり…」

「でも、俺が知った時にはもう親はいなかったから進行形ではなさそうだった」

「それにしても、あんなに残るなんて余程だよね…ひどいね」

 

同情するなと言いたかったけど、それを説明するにはかなり時間がかかるので、今日は理沙も疲れていたし、ただ「そうだね、可哀想だ」と同意した。

 

だからって

 

自分が不幸だからって

 

人を不幸にすることを平気でやる理由にはならないだろ。

 

なんだか暗い気持ちになって、2人黙ったまま食事を済ませた。「今日は休みでゆっくりしたから」と僕が食器を洗うと、理沙が隣に立って洗った皿を拭き始める。

 

「いいのに」

「あのね…」

「なに?」

「あの…」

「なんだよ、早く言いなよ」

「ちょっと気になることがあって…」

「なに?」

「個人的なことだから、言いにくいんだけど」

「うん」

「晴人もね、あるの」

「何が?」

「あんなにひどくないけど、晴人の腕にもよく似た痕があるの」

「本当に?」

「うん、隠してるわけではないと思う。袖を捲った時に見えたんだけど」

「ふーん…」

「だから、友也だっけ?あの子を見た時にドキッとしたの」

 

 

 

 

 

 

火事から1週間経って山岸が復帰したけれど、すっかり気力を無くしてしまっていた。友也を見てももう何も言わない。

 

友也のまわりはそれを見てニヤニヤと嬉しそうにしていたけど、友也自身はそうでもなかった。

 

そして、僕はまた吉見に会いに行った。

 

吉見の様子が気になったのもあるし、前に吉見に会いに行った途端に靴に画鋲が刺さっていたのは偶然なのか、やはり誰かが見ているのか知りたかったからだ。

 

今度は、玄関のチャイムを鳴らすとすぐに中に招き入れてくれた。

 

「助けてくれよ」

部屋に入るなり、また少しやつれたような気がする吉見がすがるように言った。

「何があった?あれから」

「弟が待ち伏せされた」

「え?」

「弟が高校生くらいの男に待ち伏せされて、お前は吉見の弟かって言われたらしい。」

「弟いくつ?」

「小学生」

「それは…ひどいな」

「怖がってひとりで帰れなくなったんだ」

 

家族にまで手を出すのか。

 

「警察とかは?」

「言ってない」

「なんで」

「今度はバイク事故じゃ済まないかも知れない」

 

完全に怯えていて、別人のようになっている吉見を見て哀れな気持ちになる。

 

「だから…子供じみた嫌がらせはやめろって言っただろ…」

「こんなことになるとは思わなかったんだよ!」

 

僕もそうだ。

 

「わかった、俺が友也と話すから…たぶん直接やってるのは友也じゃない。誰かが友也のためにやってる。だから、友也じゃなきゃ止められない」

「頼む…」

「また来るから、それまで気をつけろよ」

 

吉見の家を出て、なんともいえない重い気分で歩いた。

 

「タク」

 

ふいに声をかけられて、ビクッと肩が動いた。

こんなところで名前を呼ばれるなんて考えてもいない。

 

振り返ると、友也が道の真ん中に立って笑っている。

 

「お前…」

「なにしてんの?こんなとこで」

「お前こそなんでだよ」

「ついて来た。なんか、おかしいなーって思って…」

 

僕は友也の近くに歩み寄って「お前か?吉見の弟脅したの。まさか本人とは思わなかったよ」と言うと、今度は声を出して笑って「違うよ」と断言する。

 

「そいつ、始末しといた」

「え?」

「今日も待ち伏せしようとしてたらしいんだけど、さすがに小学生脅すのはダメでしょ」と、友也が指さす方に向かうと、自動販売機の影でうずくまっているやつがいた。

 

クラスメイトの川上だ。  

 

「ね?俺がやったんじゃないっていつも言ってるだろ?」

「お前がやったの?」

「そう、こいつは俺がやったよ。エスカレートされちゃ俺が困るからね」

そう言って、川上を一度踏みつけ、川上が低い声で呻くのを聞いて立ち去ろうとしたから、その肩を掴んで引き止める。

 

「ていうか、そいつ助けてやった方がいいんじゃない?俺は明日も学校行くし、逃げないよ。バイバイ」

 

足元で川上がまた低く呻いて、何かを口から吐いた。

 

「ここまでやるか、普通…」