W【11】
友也が言うには、晴人のことも全くの偶然だと言う。
晴人のことは他の客から紹介されたらしい。
今のように直接のやり取りはしていないため、晴人は友也を知らない。だけど、友也は晴人の顔を知っていたので、理沙の店に来た時に驚いたそうだ。
「これは…あくまで俺の勘で言うけど」
「なに?」
「あいつ…マジでヤバいやつだよ本当に」
「なんでわかるんだよ」
「マジでヤバいやつは、マジでヤバいやつがわかるんだよ」友也はふふっと笑った。
「ただ…」
でもすぐ真顔に戻って空を仰ぎながら首をひねる。
「あいつ…どっかで見た気がするんだよなぁ…名前を聞いてもピンと来ない…誰だっけなぁ」
「なぁ、お前もやってんのか」
「やってないよ。俺は元々こんな奴だよ、知ってるだろ?…まぁ、いろいろ気をつけた方がいいと思うよ?」
そしてまたニヤリとして「俺に言われてもピンと来ないか」と呟いた。
「もし、お前も頼りたくなったら俺に言ってよ…人間辞めるつもりでな」そして、僕の手から携帯を奪って自分の番号を勝手に登録して道に投げ捨てた。
慌てて拾いに行って振り向くと、友也は足早に闇の中に消えた。
「割れてんじゃん…」
割れて汚れた携帯の画面を袖で拭くと、急に着信音が鳴って、もう一度落としそうなくらいビクッとした。
「理沙?どした?」
「どこにいるの?タク」
「友達の家。もう帰るよ」
「早く帰ってきて」
「なに?どうした?」切羽詰まったような理沙の声に胸騒ぎがする。
「帰ったら説明する…とにかく早く帰ってきて」
理沙の声の背後から、車の走り抜ける音がした。
「わかった。理沙は?外にいるの?」
「それも帰ったら説明するから早く…お願い」
完全に理沙の声は怯えていて、車を停めたパーキングまで力の限り走った。
何があった?
友也なら、さっきまで一緒にいたばかりだ。
晴人?
理沙は、晴人に対して警戒心が全くない。
少し歳の離れた可愛い弟。
そう思ってる。あの無邪気でくしゃっとした笑顔を心の底から信用している。
僕やクラスメイト達が、友也と出会った頃みたいに。
僕が鍵を開けて部屋に入ると、理沙は玄関で寒くて震えていた。
「寒いだろ、何してんだよ」着ていたジャケットを理沙の肩にかけてやると「ちょっと来て」と僕の袖をリビングに引っ張る。
そして、テレビの裏の配線あたりを指さして「これなに?」と言う。
壁のコンセントに、買った覚えのないコンセントのタップが刺さっている。
「こんなのあったっけ…」
「私も、そう思ったんだけど…使ってないのにおかしいでしょ?それで…こっち来て」
今度は寝室に引っ張って行き、ベッドの下あたりに隠れているコンセントにも同じ物があると言って、指さした。
「盗聴器…」僕が呟くと理沙も「やっぱりそうだよね」と言った。
だから、盗聴している誰かにわからないように理沙は外で電話をかけた。
僕は頭の中で、これまでの出来事を思い出す。
晴人に鍵を渡した。でも、ほんの少しの間だ。
もちろん、今は僕の手元にある。
理沙が夜中に玄関の開く音がしたと言った。
でも、その夜中の物音が晴人だとしても寝室に入ればさすがに気づくはずだし、危険すぎる。
いや
鍵を渡す前に
僕は晴人を寝室に入れたじゃないか。
僕の服をあげると言って。
「とりあえず…これだけ?他には?」
「全部探したけど…たぶんこれだけ」
「警察を呼ぼう」
見つけた盗聴器を抜いて、110番通報し、駆けつけた警察官に状況を見てもらい、話をした。
晴人のことは話さなかった。
怯えている理沙に、僕の仮説を話そうか迷ってしまう。
きっと、理沙は信じない。
僕の話に耳を傾けるだろうか。
「理沙、お願いがある」
「何?」
「明日だけでいいから、店を閉めてほしい」
「どうして?」
「確信が持てたら話すから、言うことを聞いて」
晴人と接触させるわけにはいかない。
本当なら、店を休ませて一緒にいたいけど、僕まで仕事を休んで理沙の傍にいると言ったら不安を煽るだけだ。
「今は話せないの?」
「話したくて仕方ないけど、もうちょっと待って」
「…わかった…」
もし、仮説のまま晴人を疑うことを言って、理沙が怒って出て行ってしまったり、僕の話を聞かなくなったらどうしようもない。
「明日、どこにも行かないで。部屋から一歩も出ちゃダメだ。例え誰が来ても誰に呼ばれても…例えそれが僕でもだよ。わかった?チェーンも必ずかけて」
そう強く言い聞かせた。
次の日の朝、友也に電話をかける。
「なんだよ…朝なんかにかけて来るなよ…馬鹿なの?」完全に寝ているところだとは思っていた。
「頼み事がある」
「は?」
「お前に頼み事なんかしたくない…」
「どっちだよ」
「でも、お前しかいない」
仕事の昼休みに、友也を近くの古い小さな喫茶店に呼び出した。
「もっといいとこに呼べよ」まだ友也は目が覚めていないようで不機嫌にテーブルに突っ伏して言った。
「タバコ吸えるとこの方がいいだろ」そう言って、友也の吸っていた銘柄のタバコを渡す。友也は睨みながらそれを受け取って、早速火をつけた。
「ふーん…盗聴器…恥ずかしいね。しかも寝室でしょー?ヤラシイ声とかダダ漏れじゃん」
「うるせーな」
「あいつ、ド変態だな」
「晴人だって決まったわけじゃない」
「それでー?俺にどうして欲しいんだよ」
「どうしたらいいか相談したいんだよ」
「犯罪のことは犯罪者に聞けって?」そう笑いながら、友也はテーブルで鳴っていた携帯に出た。
「もしもーし…なに?あんまり無駄にかけて来るなって…あーわかった、ちょっとこっち来れる?急ぎね」
ニヤッとして僕を見ながら電話を切った。
「ちょっと待ってて」
僕の焦る気持ちとは真逆に、友也はのんびりと運ばれてきた甘いココアを飲みながら、窓の外を見て電話の相手を待っていた。
もう昼休みが終わるという頃、ひとりのパーカーのフードをかぶり、大きめのマスクで顔を隠した客が入ってきて友也の後ろに背中をつける形で座る。
友也が背を伸ばすと、その男は友也の耳元で囁く。
見た事のある男だ。
昨日の夜、晴人に薬を渡していたあの若い男だった。顔の半分は隠れているけど、一重の切れ長の目をしている。
「晴人がまた連絡して来たらしいよ」友也が顎をクイッとあげると、若い男はこちらに向かって話し出した。
「薬以外に手に入るものはあるかって聞かれました」若い声だ。もしかしたら、未成年の可能性もある。
声変わりしきっていない。
「薬以外?」
「そうです…お前のところはコレは扱ってないのかって」
若い男と友也が片手をあげて、親指と人差し指を立てて僕に向けた。
「拳銃…?」
「残念ながら当店では取り扱っておりません」友也が茶化して言った。
「そんなの日本で使ったら目立っちゃうよなーどうするつもりなんだろうね、あいつもう相当おかしいね。いくらすると思ってんの」
若い男は友也がそう言うのを聞いて鼻で笑い、自分の話したかったことを言い終えるとまた背中を向けて、他人のフリをした。
「ていうかさぁ…なんかちょいちょい引っかかるんだよなぁ…なんだろ、気持ち悪い」
自分のこめかみをぐりぐりと押しながらブツブツと呟いていたかと、友也はパッと顔をあげて「俺になんとかして欲しいとか、余程その女が大事なんだね」と嫌味っぽく言う。
「仕方ないだろ。後で俺のことは煮るなり焼くなりしたらいいよ。だから今は助けてくれよ」
「厚かましいなぁ、タク君…あーんなに嫌な顔してたのにね…切羽詰まったらそうなるんだ」
友也が笑うと、後ろを向いている若い男も肩を震わせて笑う。
「いいよ、でも俺に頼むからには下手な正義はナシだからね。解決したら、今度は俺が煮るなり焼くなりするからよろしく頼むよ」
そして後ろの男にも声をかける。
「お前もおいで」若い男は無言で頷いた。
「これ、アツシ。相棒のホームレス家出少年」
「ホームレス?お前の家に住ませてやればいいじゃないか」
「そんなことしたら、コイツがヘマしたら俺も捕まるじゃん。お互い様なんだよ。若いから大丈夫…だよな?」
また黙って頷いたアツシに「いくつ?」と聞くと、ちょっと友也の顔を見たあと小さい声で「17」と言った。
僕が何か言いたそうなのを察して友也が釘を刺した。
「言っただろ?下手な正義はナシだって。黙ってろよ」
一旦、会社に戻ろうと席を立った時、僕の携帯が鳴った。理沙からだ。
「ねぇ、管理人さんに盗聴器の話した?」
「してないよ?」
鍵を交換してもらわないといけないから、マンションの管理人に連絡しないといけないねと、朝に話していたところだ。
「だよね…管理人に鍵の交換を頼まれたって人が玄関前に来てるんだけど…今日は誰が来ても出るなってタクが言うから…どうしたらいい…」
理沙の言葉の途中で、電話が突然切れた。
「理沙…?」
慌ててかけ直すと、電話には出るが無言で切れる。
友也が店のカウンターに金を置いて、僕の腕を引っ張って外に連れ出した。店の前に軽自動車が一台停まっていて、運転席にはもうアツシが乗り込んでいた。
「案内してやって」
「え?」
「お前の家だよ、しっかりしろよ」僕を力任せに助手席に押し込んで、友也は後部座席から前に身を乗り出す。
「免許ないだろ?お前!」
僕が言うと、アツシは「無くても動かせる」と短く返した。
「さっき、急いで来いって言ったから盗んで来たんだってさ」
言いたいことは山ほどあったが、今はもうそんなことを言う気もなく、ただ理沙が無事であることを願うだけだった。
部屋の前まで行くと玄関の鍵は開いていて、チェーンも切られていた。
玄関は、靴や傘が投げ出されたあとがあって荒れている。
「理沙!」声をかけるけど返事はなく、リビングから人の気配がした。リビングのドアを開けようとすると向こうから勢いよく開いて、衝撃が走る。
僕はいつの間にか思い切り蹴り倒されて、リビングの床に転がった。見上げると、思ってはいたけど嘘であって欲しいと願った光景が見えた。
晴人が僕を冷たく見下ろしていた。
「なんだよ、お前ら仲間かよ」そして、僕に続いて部屋に入ってきた友也とアツシを見て言う。
「理沙は?」晴人に足で踏みつけられながら、目線は理沙を探した。
「いるよ、そこに。今から楽しもうと思ったのに邪魔すんなよ」
右手にはどこで手に入れたのか拳銃のようなものを持って、銃口を僕に向ける。
「玩具だろそれ」友也が言うとそっちを向いて
「当たり、お前らが無能だから玩具しかなかった」と晴人は笑ってそれを放り投げて、上着のポケットからナイフを取り出した。
いつもの、無邪気な、くしゃっとした顔で。
「遊ぼうよ、お兄ちゃん」
友也を見て、晴人は確かにそう言った。