妄想小説家panのブログ。

素人の小説です。

W【9】

それから何日も、友也は現れなかった。

 

本当に人を小馬鹿にする奴だ。

 

いきなり現れて、人の生活を脅かすくせに見つけようとすると見つからない。

 

子供が出来るという報告を兼ねて実家に寄った時に、母に友也の住んでいた公営団地はもう住む人もいなくなり取り壊されたと聞いた。

まさか、まだそこに住んでいるとは思ってはいなかったけど、思えば友也に関して知っていることはそれだけだった。

 

晴人が少し時間は欲しいけど、掛け持ちの仕事を辞めると言ってくれて、本格的に夜の営業は晴人に任せることになったと理沙が喜んでいた。新しいアルバイトもひとり雇うと言う。

 

理沙の晴人への信頼は大きい。

だからこそ、家にも招き入れるし、泊めることもあるし、例え僕のいない時に2人で部屋にいようともかまわない。

だけど、ふとそこまで他人を信用してもいいものかとよぎることもある。その度に、おかしなヤキモチを妬くようになったもんだと、自分で自分を笑う。

その度に、晴人の屈託のないくしゃっとした笑顔でそんな自分を反省する。

 

だけど

 

そういうところが、晴人はあいつに似てる。

 

「トラウマだな」頭のモヤを払うように独り言を呟いた。

 

 

 

 

 

ある日の仕事中のことだ。

 

車で同僚と営業先に向かっている途中、赤信号で止まっていると、反対車線を挟んだ向こう側の雑居ビルから出てきたのは、友也だった。

 

人目を気にするようにキョロキョロとあたりを見渡し、携帯で話しながら歩き出すのを目で追った。

 

「青だよ、どこ見てんの?」同僚の声と後ろの車のクラクションに気づき、仕方なく車を走らせる。

なんでこんな時に見つけるんだ。

「なにボーッとしてんの?」

「何でもない」

 

営業先での仕事を終え、同僚に運転を代わってもらっている間に地図アプリを開き、さっきの雑居ビルを捜す。

5階建ての雑居ビルには、居酒屋と輸入雑貨店が入り、3階から上は賃貸になっているらしい。そこに住んでいるんだろうか。

 

夜になって、僕はまたその場所を訪れた。

 

昼間はそうも思わなかったけど、あまり治安の良さそうなところではない。

今も、居酒屋から酔って出てきた派手なカップルに肩をぶつけられたところだ。

男はすっかり千鳥足だったけど、「なんだよ!やるのかよ!」とテンプレートの台詞を吐いて、ファイテングポーズをとる。

女の方はキャッキャと笑って「やめなよ~帰ろ~」と呂律が回らないものの、男をきちんと回収して行ってくれた。

 

雑居ビルの集合ポストを見るが、友也の苗字はなんだったっけ。その時、ふと影が僕を覆った。

 

「何やってんの?ストーカー?」

 

振り返ると、パーカーを目深にかぶった友也がいた。

 

「タクから会いに来てくれると思わなかったな、どーぞ」

そう言って狭い階段を上る。

「あれ?来ないの?」と振り返った友也の後を追って階段を上った。

 

5階にあがると、踊り場の両端にドアがあり、そのひとつを友也は開けて僕を招き入れた。そして僕に続いて部屋に入ると鍵を締める。

 

高校生の時に友也の家に行った時と同じ、建物は古いけど整理がきちんとされたワンルームの部屋だった。

「それで?何の用?」

友也は床に座って、ポケットから出したタバコに火をつけて吸い込み、僕にもタバコの箱を差し出したけどそれを断った。

「吸わないんだ?」

白い煙を吐き出しながら言う。

「それで?なに?」

 

「お前、何を考えて俺の前に現れたの?」

 

「は?偶然だって言っただろ?」

 

「最初は偶然だとしても、2回目は?わざわざなんで来た?」

 

「ひどくない?懐かしくて話したいとかじゃ駄目なの?」

 

「ただの友達ならな。あんな別れ方をしたやつと再会して、ただ懐かしかっただけですなんて通用するかよ」

 

「まぁね…そうだな。せっかく楽しく学校生活送ってたのにさぁ…正義感振りかざして人の本性暴いてくれちゃって、人の青春台無しにしてくれちゃったもんな」

 

返す言葉に詰まる。

 

「あのまま、見て見ぬふりしてりゃ良かったんだよ、タクはさ。変に罪悪感があるから、俺がお前を恨んでると思い込んで恐れなきゃいけないんだよ…まぁ、確かに恨んでるけどね。正直…偶然タクと再会した時はどうしてやろうかと考えたら嬉しかったよ?わざわざあの後に行ったのもお前を恐れさせたかったからだよ」

 

「やめろよ…そんなことして気が晴れるのかよ」

 

友也は短くなったタバコをテーブルに直接押し付けて火を消す。

そして、最後の煙を吐きながら「あの彼女とは結婚すんの?」と聞いた。

 

「関係ないだろ?」 

「答えろよ」

「しようと思ってるよ」

「へぇ…付き合って長いの?」

「まぁね…5年くらいかな」

「5年も付き合ってて今なんのタイミングで結婚しようと思ったの?」

 

「いいだろ、そんなのお前に関係な…」

 

 

 

 

「子供でも出来たか」

 

 

 

 

 

パーカーのフードの下から、友也はニヤッと笑った。

 

 

「なに考えてんだよ、友也」

「そんな怖い顔するなよ」

「理沙は関係ないだろ」

「あるよ」

「なんでだよ!!」

 

 

 

「お前を痛めつけるには充分の材料じゃないか」

 

 

 

 

長い沈黙が訪れた。

 

友也は2本目のタバコに火をつけて、ニヤニヤと僕の顔を見ている。

 

背中を冷たい汗が流れる。

 

ふふ…と友也が声を出して笑って立ち上がり、僕の前に立ちはだかる。そのまま僕を追い詰めて行き、台所のシンクに腰をぶつけた。

「そこの引き出しにナイフがあるよ。刺しちゃえば?俺のこと」

僕より少し背の低い友也が僕を見上げて言った。

「そんなことするわけないだろ」

「怒ってるんだろ?刺しちゃえばいいよ、大事な彼女と子供守らなきゃ駄目じゃん」

「怒ってるに決まってるだろ!!!」

力いっぱい押し返すと、友也は少しよろめいてから、部屋中に響き渡るような大きな声をあげて笑い始めた。

 

 

「バーーーーーーカ!!!!いいもの見たよ!なんだその顔…その怯えて、怒って、震えてる顔が見られて満足だよ」

 

 

「いいもの見せてくれたから、ひとつだけいいこと教えてやるよ」

 

「なんだよ…」

 

「お前の彼女の店にいる…ハルトってやつさ」

 

「晴人?晴人がどうした?」

 

 

 

 

 

「あいつ、めっちゃヤバいから気をつけた方がいいと思うよ?」

 

 

 

 

どういうことだと聞いたけど、友也は答えなかった。俺がどう説明したところでお前は信じないだろう?と言った。

「そうだな…たぶん3日後くらいかな?知りたかったら3日後のこの時間にここに来いよ。それから…お前は忘れたのかも知れないけど覚えとけよ。俺は子供には間違っても手を出さない」

 

 

 

 

 

 

もう寒くなって来ているというのに、汗が止まらなかった。

昔も、あいつの笑顔の裏にある冷たい目を知っていたし、恐ろしい人間だとわかっていたけど、それは更に拡大し激化している。

 

理沙には危害が加わらないように、理沙をまもるために友也を説得しに来たはずが、完全に恐怖心を見抜かれて掌握され、思うがままだった。

 

「遅かったね」

理沙が僕の帰りを待っていた。

「どうしたの?顔が真っ青だよ、気分悪い?大丈夫?」

「大丈夫…」理沙の顔を見るとホッとして身体の力が抜けて、ソファーに座り込んでしまった。

「ねぇ、大丈夫?お水とかいる?」

僕の顔を心配そうに見上げる理沙の顔を見て、安心したせいか愛しくてたまらなくなる。

「大丈夫だってば」 そう言って抱きしめて、そっと理沙の身体を倒す。理沙は僕の背中を抱きしめ返して「優しくね…」と囁いた。