妄想小説家panのブログ。

素人の小説です。

W【5】

今、僕の目の前にいる友也は首元の広いTシャツに薄手のブルゾンを肩を抜いてだらしなく着ていて、身体中の傷を隠そうとしない。

 

 

 

 

 

 

 

山岸の家が燃えたことは、その次の日の朝には学校中の話題になった。山岸を嫌う生徒は多かったし、昨日の友也への仕打ちを見ていたから、手を叩いて喜ぶやつもいる。

 

ザマーミロ。

 

口々に、そう言った。

 

山岸やその家族は外出中だったため死傷者はいなかったようだが、火災の原因は不明だと言う。

 

友也はその話の輪に入って「ヤバいね」と驚いた顔をする。

 

吉見の時と違って「お前がやったんだろ」なんて言う奴はいない。確かに、火事だなんてコトが大きすぎる。

仕返しなんてレベルじゃないから、誰もそんなことは言わない。

 

いくら山岸とはいえ、僕も嫌いだし最低な教師だとは思うけど、さすがに人の家の火事を笑う気にはなれず、輪から離れて自分の机で授業の準備を始めた。

 

すると、同じように輪から離れて友也も前の席に座って、くるっとこっちを向く。

 

「ねえ、俺じゃないからね」

「当たり前だろ、誰もそんなこと言ってない」

「顔が言ってるよ」

「は?」

「でもね、死ねばいいとは思ったけどね…残念」

「やめろよ」

「そんな怖い顔するなよ」

 

始業のチャイムが鳴って、友也はニッと笑って前を向いた。

 

 

僕はその日、友也と駅で別れてから自分の家の最寄り駅のひとつ手前で降りた。

 

吉見に会いに行こうと思った。

 

あまり親しくはなかったが、担任に登校拒否をしている吉見が心配だから様子を見に行きたいと言えば、喜んで家を教えてくれた。

 

家のチャイムを鳴らすと、かなり時間が経っていきなりドアが開いて吉見が顔を出した。

 

「不用心だな」

「2階から見えてたんだよ、何しに来た?」

「入れろよ」

「嫌だね、お前は友也の仲間だろ」

「でもお前の同級生じゃん、とりあえず家に入れろって」

「嫌だよ」

 

「いいから早く入れろ、誰か見てたらどうすんだよ」

 

小声でそう言うと、吉見はハッとしたように僕の袖を掴んで中に引っ張り、ドアの鍵を閉めた。

2階の部屋に入ると、カーテンは締め切られていて薄暗い。

 

「お前…どっちなんだよ」

吉見はベッドに座り込んで聞く。僕は吉見の勉強机の椅子に座った。古いものらしく、動くと軋んだ。

「どっちって?友也の味方なのかどうかってこと?お前、なにがあったの?」

吉見が僕を疑う目で黙り込む。

 

「お前、山岸知ってるだろ?生徒指導の」僕が言うと「知ってる」と答えた。

 

「山岸の家が昨日、燃えたよ」

 

吉見は目を見開いて、震える声で言う。

 

「友也がやったのか」

 

「やっぱり、そう思う?」

 

「違うのかよ」

 

「お前のバイク事故、あれは?どう思ってんの?」

 

「…まさかそんなわけないと思ってるよ、さすがにそこまでやらないだろ…だって、些細な嫌がらせされて仕返しに殺しかねないことするか?」

 

「他には?」

 

「他に?」

 

「お前が学校に来なくなってから、もう何も無い?」

吉見は首を横に振る。

 

そうだろう。玄関に出てきた時から思っていた。確実にやつれて怯えた顔をしてる。

 

「毎日じゃないんだ。でも、気がつくと誰かが後を付けてきている気がしたり、バイト先に停めてた自転車のサドルが燃やされてたり、家に無言電話があったり…」

 

友也自身がそれを全てやっているとは思えない。

 

誰かが友也のためにそうしてるんだと、僕は考えていた。宗教の妄信的な信者が暴走するのと同じだ。

 

友也の敵を排除しようとする奴らがいる。

 

きっと、ひとりじゃない。複数だ。

 

友也のあのみんなを魅了する無邪気な笑顔が、そいつらを操っている。

みんな、その笑顔が偽物だとは気づいていないんだ。

 

「安心しろよ、俺は友也の友達だけどそいつらとは違うよ」

 

「お前、わかってて友達とかまだ言えんのかよ」

 

「言えるよ、たぶん」

 

友也がそんな風に歪んだのは、理由があるに違いない。

あの身体中の傷跡が、きっとその理由を知っている。

 

 

 

吉見に会った翌日、駅でいつものように友也に会った。

友也は隣にならんで歩き出しながら言った。  

 

「余計な詮索するなよ」

 

やっぱり、吉見に会ったことを知っている。誰かが見ていた。

 

「タクが裏切ろうとしてるってさ…大袈裟なこと言うもんだよね」

 

「裏切るとかなんだよ、なんなの?お前、教祖かなんかなの?」

 

「なにそれ、楽しそう」

 

「はぐらかすなよ、真面目に話せ。誰にやらせてんだよ」

 

「誰になんて知らないよ」

 

「お前、何がしたいの?」

 

「声が大きいよ、タク…みんな見てるよ」

 

 

 

 

学校について、上靴を手に取ると違和感があったのでコンクリートの床に靴を打ち付けた。

カチンっと小さな音がして底を見ると、画鋲が刺さっている。

 

「入門編か…」こんなもんだろうとため息が漏れた。

 

「タクは幸せだね」見て見ぬふりで智也が言う。

「何が?」

 

「正義は勝つと思ってる」