妄想小説家panのブログ。

素人の小説です。

W【8】

「どうしたの?タク」

「なんでもない、寒いだけ」

ソファーに座って、隣で眠りそうになっている理沙を引き寄せて頭に鼻先をつけると、シャンプーのいい匂いがした。

「じゃれつかないで」

「ごめんごめん」

「あの…さっき、晴人の話したでしょ?」

「うん」

「本当はその話をしたかったんじゃないのよ」

「そうなの?」

「晴人は晴人で気になってるんだけど本当は話したいことがあったの」

「何それ、なんで言えなかったの?」

「怖いなって思って」

「なに?余計わかんない」

 

理沙は僕の手を握って、自分のお腹にあてて言った。

 

「赤ちゃん出来たよ、どうする?」

 

一瞬、いろんなことが頭をよぎって、顔に緊張が走ったのを理沙に悟られた。

理沙が不安な顔をしたので、ハッとして慌てて抱き寄せて「どうするもなにもないだろ?」と言うと、背中をぎゅっと抱き返して来た。

 

「怖いとか信用してなさすぎだろ」

「ごめん」

 

理沙とはいつかきっかけがあれば結婚するつもりでいたから、手放しで喜ぶべきことだ。もっと素直に喜んであげたかったけど、どうしても考えてしまうことがある。

 

友也という存在が、いつどうやって僕たちに近づいて、どんな手で僕に復讐しようか考えているかと思うと、どうしても不安が浮かぶ。

 

過去を忘れて、誰も知らないところで自分なりに努力して、楽しんで過ごして行くはずだった学校生活は、僕の余計な正義感で壊されて、胸の中の古傷をえぐり出された友也が、僕の幸せをただ見ているだろうか。

 

そしてもうひとつ。

 

世の中には、自分の子供をあんな風に酷い目に合わせることが出来る親がいるということだ。僕はどうなんだろう。そんな親になってしまわないか、ちゃんと守っていけるのかという不安。

 

「仕事ちょっとセーブしないと駄目だよ」

「うん、そうね。いろいろ考えてるとこなの、しばらくランチだけにして夜は晴人に任せてみようかとか…」

「いいんじゃない?相談してみなよ」

 

僕は、あいつを何とかしないといけない。

 

手放しでこの幸せを掴むためには。

 

 

 

 

 

 

 

日曜日と月曜日は、理沙の店が定休日なので日曜日は一緒に買い物に出かけたり、遊びに出たりして過ごす。

月曜日は僕が仕事だから、理沙はひとりゆっくりと過ごしたり、友達と遊んだり、持ち帰った仕事を済ませたりする。

 

僕が少し残業をして帰ると、玄関に見慣れた靴がある。

「ただいま、晴人来てるの?」

「こんばんは、おかえりなさい」

「おかえり、晴人に話したの、お店のことどうするか」

台所に入って、冷蔵庫から缶ビールを取り出して「晴人も飲む?」と言うと「いただきます」と言って立ち上がり、僕の隣に立った。 

「座ってたらいいのに」

晴人はニコニコと僕の顔を見て「嬉しそうですね、おめでとうございます」と言った。

「ありがとう。嬉しそう?俺」

「めっちゃ嬉しそう」

 

 

「ちょっと!私の前であんまり飲まないで!目に毒じゃない…」理沙が口を尖らせる。

「じゃ、ここで飲も」と台所のカウンターに隠れて晴人と乾杯した。

「子供じゃないんだから、いいよ、こっちで飲んで」

「すみません」

「ごめんなさい」

 

 

「それで、晴人はどうするの?理沙のお願い聞いてあげてくれるの?」

遅くなったので、晴人が泊まって行くことになり、理沙が寝たあとも2人でリビングで話した。

「うーん…そうですね、仕事楽しいし有難い話なんですけど、理沙さん無しで任されるってなると不安じゃないですか」

「でも、晴人のことは信用してるからね、理沙」

「信用されてるからこそ怖いじゃないですか、信用裏切っちゃったらどうしようとか…それにそうなると掛け持ちのバイト辞めなきゃだし」

「ごめんね、焦らせちゃって」

「いや、ありがとうございます。信用してもらって」

 

「あのさ」

 

「なんですか?」

「こないだ、俺の友達だって来てたやつ覚えてる?」

「覚えてます」

「今度来たら…連絡先教えてくれって俺が言ってたって伝えてくれない?」

「いいですよ…」

「友達なのに連絡先わかんないの?て思っただろ?」

「はい」

「会わないうちに連絡先変わっちゃっててさ」

「あ、なるほど。わかりました…あ、俺ちょっとコンビニ行ってきていいですか。歯ブラシ買って来ます」

「いいよ、俺もう寝るから鍵しめるし開けて入ってきてくれる?」

晴人に部屋の鍵と車の鍵のついたキーケースを渡し、晴人が出ていったのを見送ってそーっと寝室に入った。

 

理沙の隣に寝転んでうとうとし始めたけど、ふと晴人が寝るソファーに掛けるものを置いてやるのを忘れたと思い、クローゼットにあるはずの厚手の毛布を捜した。

 

すると、玄関の鍵が開く音がして晴人が帰って来たようだったので、見つけた毛布を持って理沙を起こさないように部屋を出る。

 

リビングに行くと、部屋は真っ暗でソファーから晴人の携帯の明かりが見えた。

「晴人」後ろから声をかけたが、イヤホンをしていて聞こえないらしく、すぐ側まで近づいて「晴人!」ともう一度声をかけた。

 

晴人は驚いてイヤホンを抜いて振り向いた。

「びっくりした!!!」

「ごめんごめん、これかけて寝なよ」

「ありがとうございます」

「なに?なんかやらしい動画でも見てたの?」

「マジで見てなくて良かったっす」

晴人はくしゃっとした笑顔で言った。