【remember】another story①
急なカーブが続く山道を、早く帰りたいと焦る気持ちを抑えながら慎重に走る。
明日は仕事があるのに、すっかり帰るきっかけが掴めずに遅くなってしまった。ナビの帰宅予定時刻は日付を超える時間を指していた。
祖母が亡くなって、急遽有休をもらって3日ほど実家に帰った。ひとり暮らしの家から実家まではこの山を越えて2時間はかかる。
頻繁に帰るには遠いので、久々に実家に帰って親戚一同の集まる席では、従兄弟たちの中で一番歳が下になる僕をみんなが可愛がってくれるけど、そのおかげでなかなか帰してもらえなかったりする。
頂上から少し下ったところの特に急なヘアピンカーブに差し掛かったところで、急に眠気に襲われて車線を踏んで、ビクッとする。
幸い、夜遅いこともあって対向車もいなかったから何事も無かったけど、冷や汗が出たので少し休憩することにした。
ちょうどヘアピンカーブを超えたすぐのところに待避所を少し拡げたような、景色を展望出来る場所があって、僕はそこに車を停めた。
眠気覚ましに車から降りて夜景を眺めていると、ふとカサカサと何かが風に吹かれる音がしてそっちの方を見る。
駐車場の端っこの外灯の下に、花が供えられているのを見つけて思わずゾッとする。
僕は足早に自動販売機で飲み物を買って、車に戻った。
確かにこのあたりは事故が多いから、不思議なことではないけど夜中にひとりで見るものじゃない。
ただ、おかげで気が引き締まって、しっかりと眠気が覚めた。
翌朝、眠い目をこすって出勤すると会社の様子がおかしかった。
玄関前にはパトカーが停まっていて、みんなコソコソとそこらで集まっては辛気臭い顔をして話している。
「おぉ、おはよう高畑」
同じ部署の同期で、会社の中では一番仲の良い神野亮太が僕を見つけて駆け寄って来たので、何かあったのかと聞く。
「お前、新聞とか読まないの?」
「今日は寝坊したから読んでないしテレビも見てない。なに?」
「うちの総務の女が人殺して捕まったんだよ」
「は?」
「知らない?総務の金田志麻…ほら派手な見るからに遊んでますって感じの…」
「あーこないだのあれじゃん、喫煙所で喧嘩してたやつ?男絡みでもめてたんだろ?」
「そーそー!あれ、結局その揉めてた原因の男を刺したらしいよ」
「こっわ!やばいな、あいつ…じゃあ、その時の喧嘩相手は?どうしてんの?」
「まだ昨日の夜のことだから、詳しいことはわかんない」
いつだったか忘れたけど、神野と喫煙所にいた時に金田志麻と一緒になったことがある。彼女は見た目も派手で明るいけどキツい性格をしていて、その友人の桐山クミと同じく社内では有名だった。
志麻に比べてクミは少しだけ落ち着いていて人あたりも良かったので、会えばよく話す。
その日も、僕達はクミと話していたけど突然、志麻が喫煙所を出ていき、誰かに声をかけたかと思うと言い争いになり、志麻はひたすら下品な言葉を投げかけていたのを覚えている。
その時も、社内でちょっとした騒ぎになってしまっていた。
その喧嘩相手とは面識がなかったけど、ただ志麻と男絡みでもめるような相手ではない気がした。派手でもなく、ごく普通のどこにでもいるようなそこそこの美人という印象だった。
「女ってだから嫌い」
「お前が言うとなんか意味が違ってくるからやめろキモい」
「あー出た!差別発言!駄目なんだー」
神野は自分が同性愛者であることを公言していて、それを聞いた時はさすがに驚いたけど、本人はまるでそれが当たり前のように、何がおかしいんだと言わんばかりに振る舞う。
世間体とか、周りの評判とか、印象とか、そんなものばかりを気にしがちな僕からすれば、どうしてそんなに正直に包み隠さずにいられるのかと不思議であり、羨ましくもある。
だからある意味、僕にとっては好きな男が手に入らなけりゃ殺すなんて、素直で単純な馬鹿の志麻も羨ましいといえば羨ましい。
「え、なにそれ怖いじゃん」
「だろ?俺もびっくりした」
ベッド脇のサイドボードの上の煙草に手を伸ばして引き寄せると、詩織はそれを取り上げた。
「そこで吸わないで、危ないから」
「うざ…」
「うざいとか言わない、反抗期の子供じゃないんだから」と、煙草と引き換えに玄関で読まずに放置されていた新聞を放り投げる。
「ちゃんと新聞取ってんの?えらいね」
「勧誘断りきれなかっただけよ、読んでない」
志麻の事件は、掲載されたスペースは小さかったけどしっかり志麻の写真付きで書かれていた。
「その第1発見者ってのも圭介の会社の女の子でしょ?」
隣から覗いていた詩織が聞いた。
「たぶんね、俺はあんまり知らないけど」
「発見者っていうより一緒にいたんだろうね、可哀想」
「詩織は俺が目の前で刺されたらどうすんの?」
新聞をベッドの下に投げ捨てて、詩織の身体を抱き寄せると、素直に寄り添いながら「逃げるに決まってる」と笑った。
「だって私たち、そんなんじゃないでしょ?」
そう言って、起こしていた僕の上半身を押し倒して眼鏡を顔から取り上げて「もつれたら終わりでしょ?」と首に唇を這わせた。
「泊まる?」
「いや、帰るよ。お前の男が来たら困る」
正直、そろそろ詩織の浮気相手でいるのも鬱陶しいなと思い始めていたし、詩織も割り切っている女だったから、そろそろ手を切ってもいいかなと考えていたけど、さすがにこんな身近に痴情のもつれで殺されたやつの話を聞いて、そんなことを言い出す度胸のある男なんているんだろうか。