【remember】 another story③
死んだやつのことなんて早く忘れればいいのに。思い出して浸ったって生き返るわけじゃない。
なんて
そう思ったけど、それは俺にとってまだ大事な人が死んだことがないからわからないだけなのかとも思う。
祖母が死んだ時は、大好きな祖母だったけどもう年齢も年齢だったし、もう長く寝たきりになっていたこともあったから、それなりにみんな覚悟はしていた。
火葬が済んで、みんなで集まって食事をする頃には誰も泣いていなかったし、笑って祖母の思い出話をするくらいだった。
でも、そんな予兆がひとつもなかったとしたら…想像もつかない。
だから、それこそもし
次に神野に会う時が、あいつが死んだ時だったら?
電車を降りて家に向かって歩いていると、携帯が鳴った。見ると詩織からで、気分は乗らなかったけど、無視すると後で面倒だ。
「もしもし?なに?」
「ねぇ、今からそっち行っていい?」
またどうせ、男が急な出張だかなんだかで暇になったんだろう。
「いいけど…あんまり機嫌良くないよ、俺」
「いいよ別に。今から車で行くから駐車場空けといて」
「わかった」
面倒くさい。
詩織が車で来る時は、俺の借りてる駐車場を空けてやって、自分の車を近くのパーキングに停める。俺に会いに来るために小銭すら使いたくはないらしい。
所詮、浮気相手だから仕方ない。
別にそれでいい。
でも、ふと思う。
俺が死んだり、いなくなって、誰が泣いてくれるんだろうなって。
「お待たせ」
詩織はご機嫌で部屋に入って来ると、重そうなビニール袋を差し出した。
「お土産」
「なんの」
袋の中を覗くと、小さな瓶に入ったビールが2本入っていて「旅行して来たの、だからお土産の地ビール」と満面の笑顔で言う。
「旅行してたんだ」
「一泊だけどね」
「誰と」
詩織は答えずにふふっと笑う。
無性にイラッとして、受け取った袋を床に投げて詩織の手を掴む。鈍い音がして瓶が部屋を転がる。
「お前さ、ヤキモチ妬かそうとしてんの?」
「痛いよ、なに?離してよ」
「機嫌悪いって言ってんじゃん」
「じゃ、帰ろっか?」
僕の腕を掴む力が弛んだのを感じて、詩織はニヤッと笑って振り払う。
「シャワー借りるね」
そう言って、勝ち誇ったような顔で上着を脱いで僕の胸に押しつけていった。僕はそれを握りしめて投げ捨てたけど、詩織はそんなことも見ないふりをする。
わざと僕を怒らせて楽しんでいる、詩織のタチの悪い遊びのひとつだ。
例えそれが誰でも、誰かが一緒にいてくれる安心感のあとにひとりになる寂しさに僕が耐えられないのを知っていて挑発する。
ソファーに座って、とりあえず苛立ちをおさえたくて煙草に火をつける。
「ねぇ、煙草吸わないで」
そう言いながら、詩織が僕の隣に座ってくわえていた2本目の煙草を取り上げて、灰皿に押し付け「だって、不味くなるでしょ」と詩織の唇が僕の口を塞いだ。
舌を噛み切ってやろうかとさえ思う。
でも、詩織に背中や肩を撫でられているうちに抗えなくなって、彼女の身体に堕ちる。そのうちに、詩織の顔も仄かに紅く色づいて汗ばみ、熱をおびた吐息で僕の耳元に囁く。
「好きよ…圭介」
「嘘ばっかり…」
僕は一層、強く詩織の手を握って指を絡めて
「ねぇ、どっちの方がいい?」と聞く。
詩織はまた、「さぁ?」と言ってふふっと笑う。
「でも、そうやってヤキモチを妬かれるとゾクッとする…」
そう言って、僕の腕に噛みついた。