妄想小説家panのブログ。

素人の小説です。

【remember】another story⑥

沙和の家に一度立ち寄って、沙和が着替えを取りに行く間、マンションの前の道路に車を停めて待った。

 

見上げると、真っ暗だった部屋の窓にひとつ灯りがつく。

 

我ながら、どれだけ考えても恥ずかしい。

 

泣きながら、ひとりになりたくないから泊まってってくれなんて、よくも最近まで名前も知らなかった相手に言えたもんだと思う。

 

でも、本当に嫌だった。

 

誰でもいいから、一緒にいてくれなかったら眠れないと思っていた。

 

そして部屋の灯りがまたひとつ消えて、少しすると沙和が助手席に乗り込んで来た。

 

「お待たせ」

 

「本当にいいの?」

 

「何回も聞かないで」

 

 

 

僕の部屋に帰ったのは、もう日付が変わろうとしている時間だった。

ふたりとも、もうすっかり疲れていたから同時にため息をついて座り込んだ。

 

「お風呂入っていいよ、掃除してあるし」

「もう朝でいいや…」

沙和は眠そうにそう言って、着替えにだけ行くと言って立ち上がった。

「俺も朝でいいや」

「疲れたね」

「うん…嫌じゃなかったらベッド使って、俺はソファーで寝るから」

「いいの?」

「うん、いいよ」

 

 

女の子を部屋に連れてきて、本当に指1本も触れないことも、一緒に眠らないことも初めてで、なんだか余計に気恥しいように思ったけど、誰かと一緒にいられる安心があった。

 

沙和がベッドに潜り込むのを見届けて、部屋の電気を消して、僕はソファーの脇に置いてあった厚手のブランケットを巻き付けて寝転んだ。

 

真っ暗な部屋で、時計の音だけが響く。

 

今の僕には、ひとりでは耐えられない静かさだったと思う。

 

疲れているのに、眠れなくて、余計なことを考えてしまう。

 

初めて見た、詩織の本命の男の顔がチラつく。

 

あいつは、僕のことを知っていて見ていたんだろうか。だから、あんな風に勝ち誇ったような顔で去っていったんだろうか。

 

「ねえ、寝た?」

 

暗闇で急に沙和の声がして、飛び上がりそうになった。

 

「…まだ起きてたの?」

 

「うん…あのさ」

 

「なに?」

 

「聞いて欲しかったら、聞くよ…高畑君の話。寝れないんでしょ?」

 

「…うん…面倒くさい彼女の話、聞く?」

 

「いいよ」

 

僕は、少しづつ詩織の話をした。

 

詩織とは、学生時代の友達数人と夜遊びをしていた時に向こうから声をかけられたのが始まり。詩織たちも何人かの友達と一緒にいて、みんなで楽しく盛り上がって、特に詩織はその中でも、明るくてよく喋り、天真爛漫で印象的だった。

 

その時も、今みたいにみんなで楽しく過ごした後にひとりで帰るのが嫌だという話をして、詩織が「じゃ、私が一緒にいてあげる」と腕を組んで言った。

 

その日、この部屋で一緒に過ごして朝を迎えた時に「私、彼氏いるから」と告げて

 

「あなただって、どうせ遊びでしょ?」

 

と、悪気なく明るく言った。

 

「当たり前じゃん」

 

少なからず、ショックを受けたはずなのにそうやって咄嗟に強がってしまったのを今では後悔してる。

 

「じゃ、さっきの人がその子の本命なのね」

 

「そうだね」

 

「なのに好きなの?」

 

「…たぶん」

 

「素直にそう言ってみたら?」

 

「やだよ」

 

「なんで?」

 

「〝私達そんなんじゃないでしょ〟って言われて終わりだよ」

 

「それ、私も前の彼氏に言われた」

 

「そうなんだ…」

 

「ろくな奴じゃないじゃん、そんなこと言うの。やめちゃえば?そんな人…そんな人に高畑君は勿体ないと思う」

 

「慰めてんの?」

 

「違うよ、本当にそう思う。高畑君ってただただチャラくて女癖の悪い人だと思ってたけど」

 

「それはリカの受け売りだろ」

 

「うん、まぁそうなんだけど。でも今日、いろんな場面でこの人すごい優しいんだなって思ったよ、私は」

 

「そんな場面あった?」

 

「あの蓮って子の話を聞いてる時とか、神野君のことに感情移入して、顔が怒ってたり泣きそうだったりしてたとことか…あと、その面倒くさい彼女の彼氏さんが通りすがりに睨んで来た時、気づいてないかも知れないけど、少しだけ私の前に出て守ってくれてたりとか…」

 

「そんなことしてたっけ」

 

「だから、気づいてないんだね、だから本当に優しい。作り物じゃなくて…」

 

そう言ったら、急に静かになった。

 

「あれ?寝た?」

 

返事の代わりに、小さく寝息が聞こえた。

 

「なんだよ…そっちが聞くって言っといて…」

 

時計の針はもう2時を過ぎていて、早く寝ないとと焦る気持ちと、その寝息に癒される気持ちとで頭はいっぱいになって、あとは少し沙和に胸の内を吐き出したことで、余計なことを考えることも少しは減って、眠れそうな気がした。

 

優しいんじゃなくて、気が小さいだけなんだよって言い返しそびれた。

 

6時に合わせていたアラームより少し早く、僕は目が覚めた。一瞬、なんでソファーに寝てるのか寝ぼけた頭で理解出来なかった。

 

部屋のカーテンを開けると、一気に光が差し込んだけど、ベッドで頭からすっぽりと布団にくるまっている沙和は全く無反応だ。

 

「どんな寝かたしてんの…」

 

僕はベッドの端っこに座って、たぶん頭があるあたりを軽く叩いて「お風呂入らなきゃ駄目だよ、起きて」と声をかけた。すると、布団を掴んでいる手が少し動いたと思うと、腕を伸ばして、そこに置いた僕の手をぎゅっと握った。

 

驚いたけど、その手が柔らかくて温かかったから、僕は軽く握り返す。

 

「郁人…待って」彼女は確かにそう呟いた。

 

「いくと?」

 

その声に気づいて、沙和は慌てて顔を出して真っ赤な顔をして「間違えた…」と笑った。

 

誰?なんて質問は、出来なかった。は

 

「お風呂行ってきていいよ」

「うん、ありがとう」

 

沙和は手をほどいて起き上がり、着替えを持った。

 

「沙和って朝ごはん食べる人?」

「作ってくれるなら食べる」

 

しばらくして、洗面所から髪を乾かす音が聞こえた頃、僕は沙和のためにトーストを焼いてインスタントのオニオンスープを作るお湯を沸かした。

 

そして、沙和と入れ替わりに簡単に頭と身体を洗ってからふと気づいて慌てる。

いつもはひとりで何もかまわなくていいから、部屋に着替えを置いてきた。

下着もあるから、紗和に持ってきてもらうのは気が引けると思いつつ、恐る恐るバスルームのドアを開けると、そこに僕がソファーに用意していた着替えが置いてあった。

 

「素っ裸で出てくる気だったの?やめてよ、ごはん食べてるのに」

 

僕が恐る恐る覗いているのを見て、沙和が声を出して笑う。

 

沙和は朝ごはんを食べると、食器を手早く片付けて「ご馳走様、私先に行くね」と部屋を出る準備をした。

 

「沙和」

「なに?」

 

「ありがとう…わがまま聞いてくれて」

 

「もう大丈夫?」

 

「うん、たぶん」

 

「じゃあね」

 

ベランダから、下の通りを駅に向かって歩く沙和の姿を黙って見送った。