W【番外編ATSUSHI⑤】
もう、死んだんだ。
遠くから、誰かが通報したのかサイレンの音が何重にも重なって聞こえる。
タクは、いつも友也がそうしたように無言で顎をあげる。
友也の眠ったような顔を僕は目に焼き付けて、集まり始めた野次馬に逆らうように走った。
走って走って、息の吸い方がわからなくなって、苦しくて顔を覆っていたマスクを外す。
あぁ、そうか。
もう、顔を隠す必要もないんだ。
荷物を置いたままのネットカフェに立ち寄って、急いで必要なものだけ、学校の帰りに持っていたカバンに詰めた。
泥だらけのままの制服も。
身元のわかるものはひとつも残さないように、時間はないけれど慎重に片付けた。
別に捕まるのは怖くない。
でも、捕まったら怒られる。
もう、怒る人は死んでしまったけど。
友也の部屋にも寄りたかったけど、あの部屋には何も置いていないし、警察がそのうち来るだろう。
店を出る時、店長に「友也は?さっきから電話してるんだけど出ないんだ」と止められた。
「おっさん、そろそろ無修正引退しないとお巡りさんに捕まるぞ」
そして僕はこれまでに友也から報酬としてもらった金の半分を店のカウンターに置いて「友也は死んだよ。おっさんも捕まりたくなかったら、僕のことは話さないで」そう言い残して店を出た。
「死んだ…?嘘だろ?」
格好悪いけど、僕は泣きながら歩いた。
どうやっても、どれだけ言い聞かせても止まらない。
もう少し
もう少しでいいから
一緒にいたかったんだ…
そして大人になったら、あの人を救えるんじゃないかって、勝手にそう思っていたんだ。
駅のホームで家に向かう電車を待ちながら、家族に会ったらなんて言えばいいんだろうと考えていると
後ろから肩を叩かれた。
「君、ちょっとこっちに来てくれるかな」
僕に声をかけたのは、巡回の警察官だった。
1ヶ月近く行方不明になっていた高校生は、無事に確保された。
でも、ちゃんと警察官に見つかって良かったと思う。
自分一人では、怖くて帰れなかった。
なんて言って家に入ればいいかわからなかった。
迎えに来た母は、僕にしがみついて大きな声で泣いた。
厳しくて喧嘩ばかりで、あまり顔を見たくなかった父も、優しい顔で「無事で良かった」と抱きしめてくれた。
僕も何度も「ごめんなさい」と謝った。
でも僕は
行方不明になっていた日々のことは話さないと決めていた。本当のことはもちろんだし、嘘も言わない。
ただ、何も話さなかった。
結局、行方不明の高校生はただの家出でしたと、ほんの少しだけ新聞やニュースで取り上げられただけで
その代わりに、あの日の事件は面白おかしく掘り下げられ、脚色されて、世間の好奇心を集めた。
凶悪な犯罪者の兄弟が、健全な一般人を巻き込んで、相討ちで死にました。要は、そういうことだ。
なんだか悔しくて、我慢できなくて、自分の部屋のテレビを叩き割った。
友也は悪いやつだった。
平気で犯罪に手を染めて、僕を巻き込んで、最後には人を殺した。
だけど
僕にはヒーローだったんだ。
「お前は子供だから、全力で守ってやる」
血まみれになりながら僕を助けにきてくれたあの時は、他の誰より世界一カッコ良かったんだ…
3日間、部屋にこもって泣き続けた。
それから1週間ほどして、学校にも復帰して、友達も心配して待っていてくれて、あっという間に以前のような日常が帰ってきた。
何も刺激がなくて、誰からも逃げなくて良くて、本当につまらない変わらない毎日だけど、このつまらない日々が欲しくても手に入らない人がいることも知った。
友也から貰った金の半分は、親のいない子供たちを支援する募金箱に全部つっこんで来た。
そして、そんな時にタクに再会したんだ。
「逆らうな」そう言って、冷たく僕を突き放してくれたタクは、ホッとした笑顔を見せてくれた。
深く頭を下げて、タクの車を見送った。
後部座席には、真新しいチャイルドシートが乗っていて、無事に子供も産まれたと知った。
僕も、顔も知らない誰かを守れたことを誇りに思った。
友也の分まで
僕は、僕の一生を精一杯生きる。
【完】