W【番外編TOMOYA×ATSUSHI①】
また夢だってわかってる。
痛い。
怖い。
やめて。
いくら叫んでも声が出なくて苦しい。
自分が呻く声が地獄から這い上がろうとする亡者のようだ。
もう何も痛くないはずの古い傷が疼いて、爪で引っ掻いて、新しい傷が蚯蚓脹れになる。
あと、どれだけこんな夢を見なきゃいけないんだろう。
死ぬまで?
だったらもう、今すぐにでも死んでしまいたい。
誰かに身体を揺さぶられて、弾かれるように起き上がった。
「痛え…離して」
アツシが見下ろしながら顔を歪める。いつの間にかその手を思い切り握って爪がくい込んでいて、それを軽く振り払う。
「なんだよ…気持ち悪いな…」
「起こそうとしたらそっちが握って来たんだよ、気持ち悪いのはこっち。めっちゃ汗かいてるよ」
首元が汗でベタついていて早くシャワーで流したいと思うけど、頭が割れるみたいに痛くて動けない。
「今日は更にひどいね…タオル濡らしてくる」
「なにそれ、めっちゃ優しいけどどうした?」
「別に」
「ごめんな、怖かったんだろ」
アツシが、一番最初に夢に魘されている俺を見た時は、自分が怖い夢をみたみたいに真っ青な顔をして見ていた。
「別に」
今はそうやって、平気なふりをしているけど、また嫌なものを見たという顔は隠しきれない。
アツシは寝ている僕の顔目掛けて濡れたタオルを放り投げる。
「あっつ!!!!」
「あ、ごめん…」
1週間前、こいつを拾った。
近くのコンビニで煙草を買って、表通りから外れて狭い路地裏で吸おうとすると、高校生がガラの悪い連中に絡まれていた。
ひとりの高校生に大勢で寄って集ってみっともない。そもそも、人の憩いの場で暴れられて、腹の虫がおさまらない。
馬乗りになってイキってるやつのこめかみのあたりを思い切り蹴って、後の2人はいきなりのことに戸惑っているうちに2リットルペットボトルの入ってるコンビニ袋で顔面をぶん殴ってやった。
助けた高校生は、たぶん家出でもしたんだろう。
帰りたくないと言う。
甘え過ぎてる。
帰る家がちゃんとあるくせに、帰りたくないなんて贅沢な話だ。
俺には一生わからないことだ。
だから少し、こらしめてやりたくなった。
ちょうど、危ない仕事の捨て駒になる奴を探してた。俺とはなんの関係もなくて、捕まったって問題ない奴。
家出中の金のない高校生なんて、うってつけじゃないか。
そう思って、最初は飼い始めただけだ。
ちょっと脅してやれば尻尾を巻いて逃げるに違いない。
だけど、こいつは家に帰らずに俺の仕事を手伝ってみせると、鋭い目をして、恐怖心を振り払って見せた。
「いいね、お前みたいなの好きだよ」
俺が意地の悪いことを言うと反抗的な目をするけど、命令には忠実で、素直で使いやすい。
だけどある時、仕事の終わりに離れて後ろを歩いていたアツシの足音が止まった。
「君、いくつ?」警察官ならではの独特な口調でアツシに問いかけている声を聞いたけど、振り返る訳にはいかない。振り返ったら自分が危ない。
そう思って、速度をゆるめずに歩いた。
そもそも、捨て駒だ。
あいつは俺の下の名前くらいしか知らない。他は何も知らない。繋がりなんて何も無い。
捨ててしまえ。
アツシもそれをわかっているから、逃げて追い抜いて行く時、チラリともこっちを見ずに走り去って行った。
言われたことをよくわかっている、忠実な犬だ。
そう、自分に言い聞かせていた。
「くそ…ムカつくな…」
俺は自分に舌打ちをして、裏通りに向かって走り出した。
息が切れて走れなくなって、ほとんど諦めかけた頃だ。
近くから、ポリバケツの転がった音と、大きな息づかいが聞こえた。人がひとり通れるくらいのビルの隙間を覗くと、アツシが何かに足を取られて倒れながら走って来る。
「こっちだ!!来い!!」
その狭い隙間から、アツシを引き抜いて、追ってくる警察官を蹴り飛ばし、走った。
捨て駒のために余計な罪を重ねてどうするんだと思いながら。