W【番外編ATSUSHI②】
あれからまた眠って、起きたのはちょうど昼になった頃だ。ふとベッドを見ると、今度はきちんと眠れたようで友也はまだ寝息をたてている。
それを見て少し安心したので、昨日コンビニで買ってもらった甘いパンを食べる。
「あまっ…」
友也が起きて、僕にこれから一緒に仕事をするためのルールをいくつか言い聞かせた。
基本的な仕事は昨日と同じ。
客から友也の携帯に注文が入り、友也が僕の知らないどこかから仕入れて、僕が代わりに客に渡す。
つまりは、捕まった時のリスクを減らすための捨て駒が欲しかったそうだ。取り引きの現場で僕が捕まっても、その違法薬物の仕入先なんて僕はわからないから、その先には進めない。
だから、お互いに個人的な情報はあまり知らないでおこう。知らなければ聞かれても話せない。
仕事の時以外は、外では知らないふりをする。
どんなことがあっても、自分の名前は他人に言ってはいけない。
万が一、見つかって追われてもこの部屋には帰ってくるな。
そう言い聞かされた。
客に頼まれるのは、薬物だけではないこともあると友也が笑って教えてくれた。
合法的に手に入らない無修正アダルトDVDなんかも手に入れる必要があることもあって、そういう客は意外にも社会的に地位の高い人間だったりするらしい。
「気難しい顔してさ、あいつ帰ったらあれ見るんだって思ったら、笑いこらえるの必死になるよ」そう言って明るく笑うから、余計に昨日のことはなんだったのかと思う。
どうせ聞いても答えないだろうけど。
その日は、週末だったこともあって昼夜問わずに4件の仕事があって、場所も様々だった。
でも、客はみんな以外にも普通の大人ばかりだ。
見るからに危なそうな挙動不審な客は、ひとりもいない。
その日の最後の客との待ち合わせは、昨日と同じ建築現場だった。
この客もまた、愛想の良い好青年だった。薬に頼る必要なんてあるのかと思うほどだ。
そしてその日も、外で見張っていた友也に途中まで後ろからついて帰っていたけど、後ろからふいに肩を叩かれた。
ビクッとして振り返ると2人の警察官が「こんばんは。君、いくつ?」と言った。
「中学生?高校生?こんな時間に何してるのかな?」
何も考えず、走り出した。
先に歩いていた友也を追い抜いて、必死に走る。昼間は人通りの多いこの道も、深夜になれば誰もいない。走るのは自信があったけど、相手は警察官だ。
捕まりたくない。
それより、帰りたくない。
人がひとり通れるくらいのビルとビルの間を、色んなものとぶつかりながら走った。すると、その向こうに挟み撃ちする人影が見えて、終わりだと思った。
「早く来い!止まるな!」だけどそれは警察官ではなく、さっき追い抜いた友也がこっちに手を伸ばしていた。
その手に捕まると、僕を引き抜くようにして引っ張った。
そして、追って出て来た警察官を横から思い切り蹴り飛ばした。警察官はその拍子に街灯のポールにぶつかり、転がった。
もうひとりは、それに気を取られて僕たちを追うのが遅れた。
しばらく走って、限界が来たので狭い路地に身を隠して呼吸を整えた。
「お前…おっさん走らすんじゃないよ…おっさんはタバコで肺が駄目なんだよ…」
「…ごめんなさい…」
「あのさ…ひとつ言い忘れた」
「なに?」
友也は僕の隣に座り込んで、僕の頭をくしゃくしゃに撫でながら言った。
「お前はまだ子供だからな。責任持って全力で守ってやる」
そして、パーカーのフードを僕に被せて、走るために顎までずらしたマスクで顔を隠して
「その代わり…俺には絶対服従すること。二度と首を横に振るな」
僕が黙って頷くと、友也は満足気に微笑んだ。