妄想小説家panのブログ。

素人の小説です。

【W】another story KENGO③

「ありがとうございます」

お礼を言って、反対側に移動すると山の中にお城の天守閣が見えた。

 

《あるよ、お城》

《じゃ、そこから見下ろして》

《見下ろすの怖いんだけど》

《頑張って。見下ろしたらゴルフの練習場があるでしょ?》

 

お城から視線を落としていくと、ちょうどその山とここの真ん中辺りにゴルフ練習場のネットがある。

 

少し怖くて、ガラスから遠ざかる。

 

《あったよ》

《その隣の赤い屋根の家だよ》

《そうなんだ》

《窓から見てる。見えないけどね》

《そうだね、見えない》

《でも、そこにいるんだね健吾が》

《うん、いるよ》

 

《ごめんね…》

《いいよ》

《なんでそんなに優しいの?》

 

《だって会えたじゃん、ナナミそこにいるんでしょ?》

 

《ありがとう、会いに来てくれて》

 

山の向こうに、また飛行機が飛んだ。

 

《飛行機見える?》

《うん》

 

ナナミと同じ景色を見てる。

それだけで、僕が頑張ってここまで来られた意味があったと思う。

いつもと同じ活字のやり取りだけど、すぐ近くで話しているような、そんな気がした。

 

《健吾》

《なに?》

 

 

《大好きだよ》

 

《うん、僕も》

 

 

 

携帯の予備充電器を恵に借りたから、そのお返しに展望台でお土産を買った。

 

《ナナミ、そろそろ帰るね》

 

そうDMを送って、下りのエレベーターに乗る。ナナミの返事はなかった。

また、電車に乗ったら落ち着いてナナミと話そうと思って地上に降りる。帰りの電車を調べると、家に着くのは少し遅くなりそうだ。

 

《健吾、今どこ?》

 

駅のホームのベンチで座っていると、ナナミからDMが来たと同時に乗る予定の電車が来た。僕は人に押されるように電車に乗り込みながら《駅だよ。2番ホームから電車に乗るところ》と返した。

 

その時、そのすぐ近くの階段から、ホームに駆け下りて来た女の子がいた。

肩までの栗色の髪を風になびかせて、その小柄な女の子は携帯を片手にキョロキョロと周りを見渡す。

 

ナナミ?

 

勘違いかも知れないけど、それがナナミかも知れないと僕は慌てて電車を降りようとしたけど、ドアは目の前で閉まった。

 

ドア越しに、ナナミと目が合って

 

ナナミも僕の顔を知らないけど、確かに僕だと確信して、走り出す電車の中の僕を目で追った。

 

《ナナミ来たの?》

 

《うん》

 

《待ってて、次で降りる》

 

早く次の駅に着け。

 

たった一駅の短い距離が長く感じる。

 

早く帰らないと。

 

ナナミが僕に会うためにあんなに人の多いところで僕を待ってる。

 

電車のドアが開くと同時に飛び出して、反対側の電車に飛び乗る。

行き先を間違えないように、何度も確認して、でも早く走り出せと気持ちが焦った。

 

《ナナミ大丈夫?今から行く》文字を打つ手が震える。

 

《早く来て》

 

短い文字が切実に訴える。

 

帰宅時間になった駅のホームは、どんどん人が増えていく。

 

元の駅に戻って、改札への階段を駆け上がる。

 

息が切れる。

 

《ナナミどこ?》

《2番ホームの端っこ》

 

2番ホームに降りて、息を整えながら周りを見渡す。ホームには人が多くいたけど、電車が同着すると一気に電車に吸い込まれていく。

 

残ったのは、ホームの端っこの柱に隠れるひとつの影。

姿は見えなかったけど、ナナミの影が伸びていて。

 

そこまで走って、柱の向こうに回り込んだ。

 

「ナナミ!」

僕の声に振り返ったナナミは、僕を見ると潤んだ目と震えた声で言った。

 

「怖かった…」

初めて会うのに、その震えた声が無性に愛おしくて、柱の影でそっと抱きしめた。

 

「会いたかったよ、健吾」

「うん、僕も。頑張って会いに来てくれてありがとう」

「大好きって言ったら、どうしても会いたくなったから」

「うん、ありがとう」

 

あまり人の来ない端っこのベンチで、僕とナナミは自販機で温かいお茶を買って飲みながら、いろんな話をした。

 

いつも活字で話すのと同じようなことだけど、ナナミの囁くような優しい声を乗せると、言葉に命が宿ったみたいだ。

 

栗色の柔らかそうな髪と、翠がかった瞳が綺麗で、年下と思えないくらい綺麗だった。  

でも、その天然の髪色と瞳の色が原因でいじめられたのを聞いていたから、それを口に出せないでいる。

 

 

 

空が薄暗くなって、別れの時が近づく。

 

「もう帰らないと…」

「うん」

「ナナミ、帰れるの?ひとりで」

「ママに迎えに来てもらう」

「じゃ、改札まで送るよ」

 

手を繋いで階段を上って、改札の手前でナナミのお母さんの到着の連絡を待つ。

 

「そうだ…これあげる」

 

さっき、恵のお土産に買った展望台のキャラクターのぬいぐるみをナナミに渡す。

 

「いいの?」

「うん」

「大事にする」

「今度は、一緒に行こう」

「うん」

 

ナナミの携帯が鳴って、僕達は手を離して別れた。

 

「ありがとう、健吾」

「うん、じゃあね」

 

ナナミは何度も笑顔で振り返った。

 

その笑顔が見られただけで、今日の全てが報われた気がした。

 

もうすっかり日が暮れて、帰りが不安ではあったけど、とりあえず今は恵のお土産を買いなおすことを考えよう。