【W】another story KENGO
街で出会った不良と喧嘩したり
困っているおじいさんを助けたら神様だったり
食パンくわえた美少女とぶつかって恋が芽生えたり
転校生が絶世の美女だったり
そんな青春、どこに落ちてんのかなと、ひとり暗い部屋で布団にくるまったまま古い映画を観ながら思う。
「おい、引きこもり」
突然、部屋のドアが開く。
「なんだよ、朝早くから」
「学校行くぞ、健吾」
「行かないよ」
「あっそ」
僕の唯一の友人、笠原篤志は時々こうやって登校拒否気味の僕を迎えに来る。
「朝早くから何見てんの?」
「朝早くっていうか…夜からずっと観てる」
「面白い?こんな古いの」
篤志は僕の隣に座って、映画と僕を見比べながら言う。
「面白いよ、だって携帯とかないからめっちゃ雨の中で何時間も待ってたり、ほら!公衆電話なんか使い方わかる?あーやって使うんだってさ!」
画面には、肩幅の広いミニスカートのスーツを着た女の人が、雨の中の公衆電話で泣きながら電話をしているシーンが映っていた。
「ストーリーとかじゃないわけ?」
「だから、面白いんだってば。今、なんでも携帯あれば解決するじゃん、そうじゃないんだよ」
「確かにね」
「お前、携帯復活した?」
「したよ」
何があったか知らないけど、篤志は少し前までわりと壮大な家出をやらかした。
学校帰りにテストの成績が悪くて父親がまたうるさいから帰るの嫌だなって、普段通りの愚痴だったから僕もサラッと聞き流していたら、突然その日を最後に消えた。
「ほんと…携帯まで失くして何してたんだよ、お前」
篤志は、フフンと鼻で笑うだけだ。
1ヶ月近く携帯も通じなくて、学校でも大騒ぎになって、親は捜索願いを出して、何度も僕の家だけじゃなくクラスメイトや小中の友達の家なんかもくまなく聞き回った。
もう、誰もが死んだもんだと思った。
だけど、警察が公開捜査を始めたその2日後の夕方に家に戻ろうとしたところをあっさりと見つかった。
「こんな映画とかみたいな話、あんのかな…不良に絡まれて喧嘩したり犯罪に巻き込まれたりとか面白いこと」
篤志はまた鼻を鳴らして
「あるわけねぇだろ、そんなこと」
と言った。
家出していた約1ヶ月のことを篤志は誰にも喋らない。
警察にも親にも、友達にも。
誰にも話さないから、心配してた友達は怒って何人か離れていったらしい。
それでも話さないってことは、大きな理由があるはずだし、それをなにがなんでも抉り出そうとするような人間の方がおかしい。
他人のカサブタひっぺがして、気持ちいいのか。
心配してたんだぞ!って言えばなんでも通るっと思ってる。
話せば楽になることも、どうしても話せない理由がある。
心配されてる本人は、心配されてるなんて百も承知だ。
僕だってそう。
家族も、友人…といっても家に来てまで心配してくれるのは篤志くらいだけど、こうやって引きこもって学校も休みがちな僕をみんな気に病んでる。
だからって、外に出たくなるわけじゃないからどうしようもない。
「じゃ、今日は行かないんだな」
「うん」
「じゃ、俺は行くから」
「留年しないように頑張れよ」
「お前が言うなよ」
学校を休みがちになったのは中学の頃。
男子がみんな急に背が大きくなって、声変わりをしはじめた頃、僕だけ小さくて細くて、声も女の子みたいで、それをからかわれたのがきっかけだった。
気は強かったほうだから、言い返したりやり返すことは出来たけど、そうする度に声や体格の差をからかわれる悪循環。
最初は、親は心配して学校やカウンセラーなんかに相談していたし、時に無理やり引きずって連れていったこともあったけど、今ではある程度は仕方ないと諦めてる。
高校からは環境も変わるから頑張ると決めたけど、僕はすっかり団体での生活に馴染めなくなってしまっていて、そんな僕に新しい友達が出来るはずもなくて、結局は行ったり行かなかったりの繰り返しだ。
篤志と仲良くなったのは、ほんの偶然。
入学して間もない頃、休み時間にトイレに行って戻ってきたら教室に誰もいなくなっていた。移動教室の授業だったみたいだけど、休みがちな僕はどこになんの教室があるかもわからなくて、教室でひとりポツンとしながらもう帰ろうかと思っていた。
「あれ?みんなは?」
そんな時に、遅刻して教室に入ってきたのが篤志だった。
目付きが悪くて、正直関わりたくない感じがした。
「わかんない」
「なんでわかんないんだよ、次の授業なんだっけ」
「情報」
「じゃ、パソコン室かな…行かないの?」
「場所わかんない」
「なんでだよ、じゃ、一緒に行こう」
休み時間が終わりかけていたから、早足で歩きながら篤志がジロジロと僕を見る。
「なに?」
「お前、誰だっけ…」
「安田健吾…あんまり学校来ないから知らなくても別に不思議じゃないけど」、
「なんで?」
「学校嫌い、友達もいないし」
「学校嫌いなのは俺も」
「そうなの?友達とかたくさんいるじゃん」
「でもなんか、窮屈じゃん」
それから、学校に行く時には篤志が話しかけてくれるようになったし、困ったことがあれば僕も頼る人が出来た。
そして、いつの間にか時々こうやって朝に迎えに来るようになった。
昨日の夜からずっと映画を何本も見ていたから、今頃になって眠い。
でも、母親から学校に行かない時は家事を手伝えと言われていて、今日も洗濯物を干すように言って仕事に出ていったから、せめてそれを片付けないといけない。
母はもう、僕と妹が幼い時に離婚してひとりで働いて育ててくれてるから、それくらい当たり前なんだけど。
「なんで母ちゃんのパンツなんか干さなきゃいけないんだよ…もう…」ボヤきながら、ノロノロと洗濯物をベランダに干す。
外にあまり出ないせいで体力もあまりなくて、カゴひとつ分の洗濯物が重い。
洗濯物を干して、リビングに掃除機をかけて、晩御飯用に炊飯器をセットして、とりあえずその日に命じられていた仕事を終えたのは昼過ぎだった。
掃除の途中、中学生の妹が落としたらしいメイク道具を素足で踏んでイラッとする。
部屋に戻って、床にごろんと寝転ぶと僕のSNSにDMが届いていた。
古い映画の趣味アカウントで繋がった女の子だ。
《どう?面白かった?》
名前はナナミと言って、中学3年生だと言う。
昨日から観ていたのは、ナナミが勧めてくれたバブル期のシリーズ物の日本映画だ。
《全部見たよ、面白かった》
《全部?すごいね!寝なかったんじゃない?》
《寝てないし、学校休んだ》
《一緒だね》
ナナミは完全な登校拒否だ。
小学生の時にいじめにあって、それ以来ほとんど学校に通っていないらしい。受験生だけど、通信制の高校に通うつもりでいると言っていた。
顔は知らない。
年齢と、下の名前と、好きな映画のジャンルだけ。
ナナミは、昭和後期から平成前期にかけての古いエンターテインメントな邦画が好きだ。
日本ではハリウッド超大作全盛で、邦画は面白くない、くだらないと言われていた時代だ。
もちろん、僕達は産まれてもいないけど。
僕はそもそも映画を見始めたのは学校に行かない日が多くなって退屈をしたのがきっかけだから、その時代の映画のことは何もしらなくて、たまたまレンタル屋で借りた映画がナナミの好みだったらしく、SNSに投稿した感想文にコメントをくれた。
そこから、ナナミの勧める映画を観てDMで感想を話したりしてるうちに、お互いに学校に行けないことを知った。
《今から何するの?》
《寝る。ナナミは?》
《勉強するよ、受験生だもん》
《偉いね》
《わからないとこ、また教えて》
《僕がわかるとこならね》
他愛もない活字の会話だけど、毎日のように僕達は話した。
ナナミに聞いた映画の話をすると、母が懐かしがって喜ぶので、僕が学校にあまり行かなくなってぎくしゃくしていた母との会話も増えた気がする。
でも、ひとつ心配なのはナナミに自殺願望があるということ。
ふいに死にたいと言う。
友達もいなくて
学校にも行けなくて
親に心配をかけて
こんな自分に何の価値があるのか
生きている意味があるのか
思春期特有の現象でもあると思うから、あまり深刻に受け止めて、生きる希望だとか、未来は明るいだとか、そんな説教じみたことを言うのは余計に彼女を追い詰める気がする。
だから、その度に僕は「ナナミが死んだら少なくとも僕は寂しいよ」と言う。
そうすると、また次の日には死にたいと言ったことを忘れているかのような、いつものDMが来る。
それでも、いつそれが来なくなるのかと思うと不安になる。
顔も知らないけど、やっぱりそれは嫌だ。
ナナミとのDMを終えて、ベッドに潜り込んで熟睡した。
「健吾!健吾ー!」
下の部屋から呼ぶ声で目が覚めた。
母が帰ってきた。
もうそんな時間か。
「おかえり、なに?」
「ありがとう、掃除」
「うん、別に」
「今日、ごはん食べに行かない?」
「えー?ごはん炊いたよ?恵は?」
「恵の塾を迎えに行ってから行こうかと思って。ごはんは冷凍しとく」
「めんどくさ…恵と行ってきたら?僕は適当に食べるよ」
「一緒に行こうよ、たまには」
「ヤダよ、着替えんのも面倒だし…行っておいでよ」
とりあえず今日は外に出るのがめんどくさい。
よれよれの部屋着を着替えるのも、度の合ってないメガネをコンタクトに変えるのも面倒くさい。
《起きた?》
《起きたよ、おはよ》
《何してる?》
《ごはん食べてる、ひとりで》
《ひとりなの?なんで?》
《なんか急に外食するって言うから面倒だし留守番してる》
《なに食べてるの?》
《ごはんと海苔》
《旅館の朝ごはんじゃん》
《羨ましい?》
《羨ましくない》
《ナナミは?晩御飯なに?》
《湯豆腐》
《ババアかよ》
ナナミとどうでもいいような話をして、適当なごはんを食べて、明日は学校行こうかなとか考える。
部屋に帰って、まだ終わらせてない課題に渋々手をつけてみる。学校は行きたくなくても、せめて高校は卒業しなきゃこの世の中は厳しいというのもわかってる。
課題に四苦八苦しているうちに、母と妹の恵が帰ってきたらしい。
トントンと階段を上る音がして、部屋のドアが開いた。
「ただいま、おにい」
「おかえりー」
「勉強してるじゃん」
「一応、高校生なんですよ。なに食べてきたの?」
「お肉食べた」
「マジかよ、贅沢だな」
「おにいは?」
「海苔」
「なにそれかわいそ」
「それで?なんか用?」
「あのさぁ…ママと2人じゃなかったんだよね」
僕は勉強の手を止めて、椅子を回して恵の方に向いた。
「誰と?」
「会社の人だって、男の人」
「へー」
「ママ、彼氏出来たんじゃない?」
「行かなくて良かったわ、そんなん会わされてどうしろって言うんだよなぁ」
「でしょ?おにい行かなくて良かったとおもうよー引きこもりだしね」
「関係ねぇし」
なるほど。
そういうことか。
まぁ、長いことひとりだったんだし子供ももう高校生と中学生だ。好きにしたらいい。
そもそも、離婚した時に父親とはそれきりだしなんの思い入れもないから全く影響ない。
「再婚するのかな、どう思う?おにい」
「それは嫌だな、知らない人と住むの。どんな人だった?」
「普通のおじさん」
「わかんねぇよ」
「じゃ、お風呂いってくるわ」
「おー」
母が誰かと付き合ってるとか相手が誰だとかそういうことより、いつかまた会わされる日が来るのかと思うとそれが憂鬱だ。
勝手にすればいいのに。