妄想小説家panのブログ。

素人の小説です。

【W】another story KENGO⑥

夢を見た。

 

学校の屋上で、ナナミと僕は手を繋いで飛行機を見上げている。 

僕の右手と、ナナミの左手が黒いリボンで結ばれて、屋上の端っこにふたりで並んで、目を合わせて微笑みあって

 

飛んでいく飛行機を追うように、同時に身体を前に傾けて

 

お互いの手を引っ張り合って絡みながら落ちて、地面に打ち付けられた僕達は、無惨にバラバラに砕け散った。

 

思わず叫んで目が覚めた。

 

その声を聞いて、階段を上る足音が聞こえて「どうしたの?大丈夫?」と母が部屋のドアから顔を出す。

「…なんでもないよ、寝ぼけただけ」

「そうなの?大丈夫?」

 

「寝ぼけただけだってば!いちいちうるさい!」

 

まただ。

 

僕の理不尽に怒ることもしない。

 

ただ悲しい顔をする。

 

その顔が余計に僕を責めているともわからずに。

 

 

《本当に僕と一緒に死んでくれる?》

 

 

衝動に突き動かされて、僕はナナミに会いに行く準備を始めた。

前の時のような、冒険心も晴れやかさもなく、ただナナミと一緒に手を繋いで死にたいだけの、単純だけど激しい衝動で。

 

「おにい、どこ行くの?」

 

学校に行く準備をしながら、恵が洗面所から顔を出した。

振り返らずに「うん、ちょっと」と答えると、少し不安な声で

 

「ねぇ、帰ってくるよね?」

 

何かを察したみたいな問いかけには答えずに出て行こうとすると、洗面所から飛び出して来て僕の腕を掴む。

 

「おにい、最近なんか変だよ?ねぇ、帰ってくるよね?大丈夫だよね?」

 

僕はその手を振り払う。 

 

勢いよく閉めた玄関のドアの向こうで「おにい!」と叫ぶように呼ぶ声がしたけど、僕は振り返らなかった。

 

振り返ったら、また同じだ。

 

 

俺はもう大事な人が死ぬのを見るのは嫌だ。

 

助けられないのは絶対に嫌だ。

 

 

大事な人?

 

僕が?

 

そんなわけないだろう?

 

 

誰かの大事な人になった覚えなんか無いし、なれるとも思わない。

 

どうせ、僕が死んだって

 

最初は泣いたって

 

きっと、すぐに忘れるんだろう?

 

すぐに笑って過ごすんだろう?

 

篤志だって、どんな壮絶な経験をしたかわからないけど今は笑って過ごしてるんじゃないか。

 

電車に乗りながらそんなことを考えていたら、少しだけ涙が出た。

 

篤志がいなかったら学校には行けなかったし、僕は何もしてあげられてないのに、怒らせることもあるのに

 

それなのに大事だから死ぬななんて言ってくれるのに

 

僕は簡単に裏切ろうとしているんだ。

 

 

 

 

《もう着くよ》

 

午前中のうちに、僕はナナミとの待ち合わせ場所に着いて、駅の外で待っているはずのナナミの姿を探した。

 

ナナミは、駅前のバスロータリーの端っこのベンチで、外を遮断するようにヘッドホンをして俯いて座っていた。

ナナミが驚かないように、そっと近づく。ナナミの視界に僕の足が入って、上目遣いに僕の顔を確認したら、ホッとした笑顔をした。

 

「中にいればいいのに」

「寒くないよ」

ヘッドホンを首にかけて立ち上がって、ナナミは長いスカートを整えると、僕の手を握った。

 

「歩こう」ナナミがそう言って、手を引っ張って歩き出した。

 

駅から少し離れると、小学校のグラウンドが見えて子供たちが体操服で走り回って賑やかな声がした。

 

「ここ、私の行ってた小学校」

「そうなんだ」

 

「4年生でクラス替えがあって、一緒のクラスになった女の子に、髪と目が茶色くて変だ、外国人みたいだって言われて、そこから仲間外れになっちゃったの」

「うん」

「頑張って行ったんだけど、5年生でまたその子と一緒になっちゃった時に、もう行けなくなった。気持ちが折れちゃった」

「親とか先生に言わなかったの?」

「言ったよ。でも、言った時にはもう私がダメだったの。早く言ってたらなんとかなったのかなぁ…」

 

そしてまた、僕の手を引っ張って歩き出す。

 

「ねぇ、どうやって死にたい?」

 

「…わかんない」

 

「わかんないよね」

 

「あんまり痛いの嫌だなぁ」

 

「私は健吾と一緒ならなんでもいいかな」

 

「僕も…あ、そうだ」

 

「なに?」

 

「めっちゃ怖い夢見た」

 

ナナミと手を繋いでバラバラになって死んだ夢のことを話すと、ナナミは声を出して笑った。

 

「何それ、めっちゃ痛そう」

「だろ?」

 

「でも…ちょっと素敵…」

 

そのうち、僕達は歩き疲れて、住宅街の中の滑り台がひとつあるだけの小さな公園のベンチに並んで座った。

 

「疲れた…」ナナミがため息をつく。

 

「疲れたね」

 

「健吾の話も聞きたい」

 

「なんで学校行けなくなったかとか?」

 

「うん、いわゆる不幸自慢ね」ナナミが笑う。

 

「うーん…ナナミみたいにこれって言って辛いことがあったわけじゃないからなぁ…話しにくい」

 

「いいじゃん」

 

「ほんとに特にこれってないんだよなぁ…中学生になって周りの友達が成長して、大きくなって、でも僕だけずっと小さくて声変わりもしなくて…」

 

「うん…」

 

「今まで仲良くしてたのに、そんなことでからかわれて疎外されるようになって…みんなと同じじゃない自分も嫌だったし、変わっちゃうみんなも嫌だったし…そんな感じかな…情けない理由だけど」

 

僕の話を頷いて聞いて、ナナミは僕の肩に頭を置いた。

 

「でも…私はその少女漫画から抜け出て来たみたいな健吾が好きだよ」

 

「少女漫画って…そんなの初めて言われたんだけど」

 

「色が白くて綺麗で…初めて会った時にそう思ったの」

 

「ナナミは綺麗だよ」

 

「いいよ、そんなの」

 

「嫌な想いするかと思って言わなかったけど、その髪の色も目の色も綺麗だよ」

 

「ありがとう」

 

その綺麗な目で、僕を見上げた。

 

僕はその目に吸い込まれるように、ナナミにキスをした。

 

顔を見合わせたら、なんだか恥ずかしくなってそのままギュッと抱きしめた。

 

「なんか恥ずかしいね」

 

ナナミが、僕の肩に顔をうずめたまま言った。

 

 

 

「ねぇ…早く一緒に死んじゃおう…」

 

 

 

そしてまた、僕達は死に場所を探してあてもなく歩いた。

 

 

その時、ナナミの携帯が鳴った。

 

「ママだ、なんだろ…もしもし?ママ?」

 

ナナミは歩きながら僕に背を向けて話していたけど、急に強ばった顔で振り返って「弟が事故に合ったって…救急車で運ばれたって…」と震えた声で言った。

 

「え!」

 

「どうしよう…行かなきゃ…でも…」

 

「ひとりじゃ行けないだろ?どこの病院?一緒に行こう」

 

ナナミに病院の場所を聞いて、駅前まで戻り、バスを待った。

幸い、まだ帰宅ラッシュには遠かったのでバスは空いていて、震えるナナミを座らせた。

 

「ナナミ、大丈夫?」

 

「どうしよう…あの子に何かあったらどうしよう…」

 

「落ち着いて」

 

「私が代わりに死んであげるのに…あの子が死んだらママが可哀想…」