妄想小説家panのブログ。

素人の小説です。

【W】another story KENGO⑤

ナナミとふたりで、一緒に死のうと約束した日から少し気持ちが楽になった気がした。

 

僕が思っていた通り、自分の中の拗れに拗れて、どう吐き出していいかわからない不安を伝えたいことが、死にたいというその短い言葉にこめられているんだとわかる。

 

でもだからといって、死にたくなくなるわけでもないとわかった。

 

あの日から結局、2日ほど熱が下がらなくて、その間も母は心配してくれた。くだらない反抗期を拗らせて、理不尽なことばかりの僕のことなんて放っておけばいいのに。

 

「おはよ」

何日も休んだ学校にも少しは行っておくかと思って、教室に入って篤志にだけ短く挨拶して自分の席に向かう。

 

僕は、思わず小さく舌打ちをした。

 

誰かの荷物が僕の机の上に置かれていた。

 

「ごめんごめん、よけるわ!」隣の席の飯田が慌てて野球部の大きなカバンを抱えてロッカーに戻した。

 

その時、小さな声で

 

「なんだ来たじゃん」

「もう来ねぇと思ってたわ」

 

と、聞こえた。

 

「…は?」

 

こんなめめっちい陰口に無性に腹が立って、声が震えた。でも、僕がそっちを振り返ると同時に飯田の大きなカバンが足元に飛んで来て、飯田が床に転がった。

 

「何すんだよ!笠原!」

飯田はすぐに起き上がって、一番後ろの席の篤志に勢いよく詰め寄った。

 

「ごめんごめん、つい足が出た」

 

「は???ふざけんなよ!蹴っただろ!」

 

「あんまりみみっちいこと言うから石ころかと思ったわ、坊主だし」

 

篤志の言葉にクラス中から笑い声が起きて、余計に飯田の顔は怒りで真っ赤で、篤志の制服の胸の当たりを掴んだ。

 

「お前さぁ!散々まわりに迷惑かけて何偉そうに言ってんの?お前なんか、あのまんま野垂れ死んでたら良かったんだよ!!!」

 

駄目だ。

 

飯田は篤志の地雷を踏んだ。

 

篤志が真顔になって、目を見開いて飯田を睨む。

 

「やめろって!!!!」

 

止めなきゃと思って焦ったら、思いがけず大きな声が出て、クラス中の視線が集まる。

 

「いいから、もう。僕が帰ったらそれでいいだろ?」

 

「帰るな、今ここで帰ったら二度と来られないぞ。お前が帰らないならやめる」

 

「は?」

 

「飯田、お前マジでもうやめとけって…お前が悪いよ」篤志と一番仲のいい原口が口を挟んで、飯田が舌打ちしながら席に戻る。

僕は原口とは話さないけど、きっと原口も篤志の地雷に気づいたみたいだった。

 

僕も、渋々だけど持っていたカバンを下ろして椅子に座る。

机の上が砂だらけで、床に払い落とした。

 

だけど、単純に篤志が飯田に対して怒ってくれたのは嬉しかった。

 

きっと、篤志が怒ってくれなかったら、僕が飯田と言い合いになって、ただ僕だけ悪目立ちして、結局はここに居づらくなるだけだったと思う。

 

「さっきごめんな健吾、やりすぎた」

休み時間に篤志と原口が僕の席に来て謝る。

「ごめん、マジで。俺がけしかけた。俺、飯田嫌いだから」

原口が顔の前で手を合わせた。

「自分でけしかけといてさ、最後だけカッコ良く締めるのずるいよな、こいつ」

「ごめんな」

「いいよ、ありがとう」

僕がそう言うと、原口はさっさと自分の席に戻って他の仲間と笑いながら喋り始めた。

 

「あのさぁ、篤志

「なに?」

「怒るかも知れないけど聞いていい?」

「なんだよ」

 

 

「家出してた間、ほんとに何があったの?」

 

 

篤志はあの時から、少し変わった。

 

帰ってきてすぐは、みんな心配するほど落ち込んでいたし静かだったし、時々なにか考え込んでいるようで、今もふと憂いに満ちた目をすることがある。

 

特に

 

人の「死」に、特別に敏感に反応する。

 

「話さないって言ってるじゃん」

「だね、ダメ元で聞いた」

「じゃ、なんで聞いた?」 

 

 

 

「僕が死にたいって言ったらどうする?」

 

 

 

 

思っていた通りだった。

 

一瞬、怖い顔をして目を見開いて僕を睨んだ。でもそれはほんの一瞬ですぐにふふんと笑って僕の頭をパチンと叩いて「馬鹿じゃないの」と言った。

 

 

 

その日は、最後までちゃんと授業を受けて、少し教室に残って遅れている課題を済ませてから校舎を出た。

グラウンドを横切って校門に向かって歩いていると、陸上部とサッカー部がグラウンドを半分ずつ使って練習している。

校門手前の自転車置き場に来たあたりで、外周から帰ってきた篤志に会った。

「あれ?今から帰んの?」

そう言って息を切らしながら立ち止まった。

「課題してた」

 

 

「あのさ」

「なに?」

 

「俺は絶対に家出してた時のことは言わない。誰に聞かれても言わない」

「うん、ごめん」

 

「本当は誰かに話したい。自分の中にしまっておくには重すぎるし聞いて欲しい、でもそれを言ったら…俺を守ってくれた人に申し訳がたたない。だから言わない」

 

篤志の目が潤んで声が震える。

 

「だけど、ひとつだけお前にだけ言う」

 

「うん…なに」

 

「俺はもう、大事な人が死ぬのを見るのは嫌だ。助けられないのは嫌だ…絶対嫌だ」

 

「大事な人?…その…守ってくれた人は死んだの?」

 

「そう、前に健吾が言ってたみたいに、まるで映画でも見てるみたいに、俺の目の前で壮絶な死にかたをした。俺が言うのはそこまで。…じゃ、怒られるから行くわ」

 

僕に背を向けて走り出した篤志は、手で顔を拭っているように見えた。

 

篤志は強い。

 

僕には全く想像もつかないけど、そんな苦しい想いを自分ひとりで抱えると決めて生きる覚悟がある。

 

そんな苦しみを抱えながら、更に前を向いて生きていくことが出来る。

 

僕はどうだろう。

 

小さなことにいちいち傷ついて

 

小さなことに腹を立てて

 

どうすれば、あいつみたいになれるんだろう。