妄想小説家panのブログ。

素人の小説です。

remember another story【蓮②】

金曜日の夜、アルバイトを終えて帰ろうとすると携帯が鳴った。実家の母からだった。

電話を取らなくても、内容はだいたいわかっていた。

歳の離れた姉が3人目の子供を産むために昨日から入院していたので、きっと産まれたという報告なんだろう。

 

「もしもし?産まれたの?」

 

3人目だと言うのに母は興奮気味に昨日の夜からの姉の奮闘劇を事細かに伝える。

ようやく話の切れ間を見つけて「わかったわかった、明日そっち行くから」と一旦宥めて電話を切った。

 

姉の子供たちは僕によく懐いているので可愛かったし会いたいと思うんだけど、憂鬱なのは両親と姉だ。

 

とにかく3人とも僕のことに関してうるさい。

 

ひとり暮らしの部屋に帰り、ソファーに荷物を投げ捨てて、クローゼットの中の実家から持ってきて開けていないダンボールを開けた。

 

「あった...」中学の卒業アルバムを引っ張り出し、ページをめくる。

 

やっぱり、似ていると思う。

 

後ろの方の教員のページに、僕が好きだった人の写真があった。

 

さっきの人にそっくりというわけじゃないけど、柔らかい笑顔とか大きな目とか、綺麗な輪郭とか、雰囲気が一緒だった。

 

僕は、卒業するまでこの先生のことが好きで仕方がなくて、卒業式では卒業生に囲まれて記念写真を頼まれているその光景をただ遠くから見て終わった。

 

一緒に写真を撮ることも、最後に話すことも、ましてや想いをつたえることも出来なかった。

 

その時の想いが溢れてきて、僕は思わずアルバムを勢いよく閉じて、またダンボールに投げ込んた。

 

こんな想いはもう嫌だ。

 

人を好きになりたくなんてない。

 

 

 

 

翌日の午前中に、姉への出産祝いを買って病院に向かった。

姉の2人の子供たちが、寂しかったのか僕を見つけると飛びついて来る。上が小学校にあがったばかりの女の子で、下はまだ3歳の男の子だ。

「3人目は?女の子?」

「そうよ、可愛いでしょ」

正直、産まれたてなんて可愛いかどうかわからない。

 

「蓮は?彼女出来た?いい加減」

「いないってば」

「なんで?」

 

女の子には興味無いからです。

とは、とてもじゃないけど言えないから会う度に同じ質問をされてうんざりする。

 

すると母がそこで「まだ若いんだから慌てなくていいのよ、ねえ?」とフォローをするけど

 

「いつかは普通に結婚して、普通に孫を見せてくれたらそれで充分よ」

 

と、結局の着地点は姉と同じで、きっと父も同じだ。

 

「そうだね、普通にね」と僕も答える。

 

その理想とする最低限の普通。

 

この人たちにとっては、そこが一番許せるギリギリの最低ラインなんだろうけど、そこに到達出来ない僕には価値はないと言うんだろうか。

 

「れんにいちゃん、おこってんのー?」

「え?なんで?」

 

手を繋いでいた姉の下の子の裕太が見上げて聞いた。

 

「こわいかおしてるよー」

 

僕は慌てて顔の緊張を取ろうと頬を軽く叩いた。

 

「なんでもないよ、大丈夫」

 

その無垢な存在を抱きあげて、温かさに癒されながら

 

君たちが大きくなって、いろんなことを知って、僕を見た時にも、そうやって曇りのない目で見てくれるだろうか。

 

そんなことを考える。

 

退屈している裕太を連れて、病院内を散歩して、売店でお菓子を買ってやって姉のところに戻ろうとすると、裕太が「いや!」と言って外に出る自動ドアの方へ走り出した。

 

「裕太、危ないから!」追いかけようとすると、ちょうど自動ドアから出ていこうとする人の後ろ姿にぶつかった。

 

「すみません」

 

謝りながら裕太を抱きあげようとしゃがむと、僕の頭の上から「あれ?蓮くんだ」と聞いたことのある声で名前を呼ばれて驚いて顔をあげる。

 

そこに立っていたのは、神野亮太だった。

 

神野亮太はしゃがんで、裕太の目線になって「こんにちは」と言った。

 

「こんにちはー」

「子供いんの?」

「いや、まさか!姉ちゃんの子です」

「だよね、まさかね」

「姉ちゃんが赤ちゃん産んだから来たんですけど、この子が退屈しちゃって...」

「そりゃ退屈するよね、偉いね面倒見てあげて」

「えーっと...神野さんは?」

「あれ?名前覚えてくれてるじゃん」

「あ、すみません...社員証見ちゃって...」

「いや、謝らなくていいってば。俺も仕事関係でお見舞いだよ、もう帰るとこだけど。あ、ちょっと歩いたら向こうに公園あるよ、連れてってあげたら?」

 

そう言うと、僕の返事も待たずに裕太の手を握って「公園行く?」と聞いた。裕太も人見知りせず「うん!」とついて行く。

 

「行こ」

 

「いや、仕事中ですよね?でも...」

 

「いいじゃん、別に」

 

病院の敷地を出て、裏通りを少し歩くと大きな公園があって、ジャングルジムや滑り台やブランコもあって、裕太が嬉しそうに神野の手を振りほどいて走り出した。

 

「大変だね、あのくらいの子って元気有り余るもんね」

 

「そうなんですよ、だから姉ちゃんも困って俺に任せるんですよ」

 

「大学生?」

 

「そうです」

 

「いいね、青春だね」

 

1人で楽しそうに走り回る裕太を眺めているその彼の横顔がまた綺麗で優しくて、僕はつい眺めてしまう。

 

すると、急にこっちを向いて

 

「なに?俺に見惚れてた?」

 

「え...」

 

「冗談だよ」

 

神野は意地悪そうな顔で微笑んで、裕太の方へ近づいて行く。

 

「あの...」

 

「なに?」

 

「本当に見惚れてたって言ったらどうしますか?」

 

微笑んだまま振り返った神野の顔が、一瞬で真顔になったから、僕はやっぱり後悔する。

冗談だと乗り切ろうとした時、彼は真顔のまんま「嬉しいよ」と言った。

 

そしてすぐに「でも俺、君に比べるとおじさんだからあんまり見られると恥ずかしいね」と笑ったから、僕は小走りで追いついて

 

「いや、そこじゃないでしょ?」

「何が?」

「おじさんだとか、そういう話じゃなくて...」

 

「男だから?ってこと?」

 

裕太はジャングルジムに登り始めて、神野は下からいつでも受け止められるように手を伸ばして見守る。

 

「変だと思わないんですか?」

 

僕はその横顔に聞いた。

 

「なんで?自分の感じた気持ちに正直じゃいけないの?」

 

その時、裕太が少し手を滑らせて、神野に支えられた。

 

「危ないよ、大丈夫?」

「うん!すなばいくー」

「元気だな、ほんとに。気をつけてね」

 

砂場に走っていく裕太を目で追って「まぁ...でもそんなの綺麗事だよね」と呟くように言う。

 

「正直に言ったからって理解されないことばっかりだし...どっちかって言うと辛いことばっかだし、言わない方がいいことっていっぱいあるもんね」

 

「神野さんもありますか?そんなこと」

 

「あるよーめっちゃある...今もさぁ...すごい悩んでんだよね」

 

「今?」

 

「そう。まさに今ね」

 

「なんですか?」

 

「君が俺に見惚れてたってのはどういう意味なのかなって。からかってる?...て聞いたら困るのかなって」

 

「からかってないです」

 

「そっか...じゃ、やっぱり嬉しいよ」

 

神野は腕時計を見て、「そろそろ帰るよ、じゃあね」と言って、裕太のほうへ「またねーちゃんといい子にしてなよ」と手を振って、僕たちに背を向けた。

 

もう会えないかも知れない。

 

でも、あの優しくて綺麗な横顔をまだ僕は眺めていたい。

 

まだ僕は、この人のことなんて何も知らないけど、この笑顔や優しさはただの建前なのかも知れないけど

 

僕は...それでも

 

「待ってください」

 

立ち止まって「なに?」と微笑む。

 

「好きになったって言ったら困りますか?」