remember②
「いやいやいやいや、ないわないない!」
次の日、仕事の昼休みに同僚のクミと休憩室でごはんを食べながら昨日のことを話した。恋人だと思っていた人がそうではなかったというところから、郁人に花を買ってもらったところまで。
私は他人に話してすっきりしたい性格で、クミも私の恋愛の黒歴史をよく知っている。
「いや、あざといわ!その子!いやーないわー!絶対それ女の扱い慣れてるわ!」
クミは嫌悪感まるだしの顔で、食べ終えたおにぎりのパッケージを手の中でくしゃくしゃにした。
「やっぱりー?やっぱりそうだよね…そうだよねぇ…」
私はといえば、フラれたその日に他の人を好きになってしまうという自分の惚れっぽさに呆れて落ち込んで、ろくに食べ物が喉を通らない。
「しかもさ、あんた結婚願望あるんでしょ?」
「うん」
「どう考えたって、寄り道じゃん、遠回りじゃん」
「わかってるよ…」
「その子、可愛い?」
「うん…まぁ…今どきの…ちょっとチャラいかも」
「見せてよ、ちょっと」
「ダメ」
「なんでよ」
「絶対ダメ」
郁人に会わせたくないんじゃなくて、あのお店は私の秘密基地のようなものだから誰も連れて行きたくない。
「でも、何も知らないんでしょ?その子のこと」
「うん」
「そりゃあっちからしたら客だもん、ニコニコ話聞いてやるのも仕事なんだから。帰って女に愚痴ってるかもよ?今日もババアに絡まれて迷惑だったわーって」
クミの言うことは最もすぎて反論が出来ない。
私はあの店にいる郁人しか知らないし、話を聞いてくれるのも、優しくしてくれるのも、昨日だって忘れ物を届けてくれたのも、客だからだ。
花を買ってくれたのだって、きっとただの気まぐれだ。
実の所、私は花だとか植物を育てるのが苦手ですぐに枯らしてしまう。
正直、花を貰うなんて私にとっては迷惑でしかない。
だけど、あの黄色いガーベラはいつも私の部屋の窓辺にいて、憂鬱な朝の目覚めを誘ってくれる。
仕事の帰り、街をブラブラしながら花のお礼をしようと考えてみるけれど、本当に私は何もしらないから、何を買えばいいかもわからない。何が好きで、何が嫌いか、何も知らない。
食べるものにしたって、甘いものが好きなのか嫌いなのかすら知らない。
「それでこれくれるの?」
郁人は私が差し入れだと手渡した紙袋の中を見て、声を出して笑う。
「でもこれ、流行ってるよね高級食パン」
「好みがわからないから…それなら間違いないと思ったんだけど」
「ありがとう」
「ごめんね、なんかセンスなくて」
「なんで?いいよ、パン好きだよ?」
「本当に?」
「逆に食パン食べられないやついるの?…でも…俺ひとり暮らしだから食べきれないし半分こしない?勿体ないもん」
そう言って、郁人はカウンターの向こう側で綺麗に切り分けて私の分を丁寧に包んで紙袋に入れて返してくれた。
「ていうか、誕生日プレゼントなんだからお返しとかいいのに…ていうか今日はなに食べます?」
「今日は…ちょっと食欲ないから珈琲だけでいいかな」
「え?マジで?大丈夫?」
「うん、全然大丈夫」
あなたに恋をしたから苦しくて何も食べられないんですなんて、馬鹿みたいなこと言えるはずがない。
それからしばらくして、クミに仕事終わりに遊びに誘われた。クミともう1人の仲の良い同僚の志麻は私と同い年で、ふたりはよく仕事終わりに飲み歩いている。
その日は、3人で軽く居酒屋で食事とお酒を済ませたあと、遊び慣れた志麻に行きつけのホストクラブへと連れて行かれようとしていた。
クミと志麻はこういうところが好きだけど、私はあまり知らない人と高いお金を払ってお酒を飲みたくないので断り続けていた。
その日も、帰ると言った私に、志麻は自分の携帯の画像フォルダからお気に入りの指名ホストの写真を見せて、いかに素晴らしいかを熱弁した。
「この子も可愛くてーあ、あとこの子も」
画像をスクロールすると、ホストであろう男の子の写真が目まぐるしく動く。
「え…待って…」
「なに?沙和、気に入った子いた?」
「この子…」
私がひとりの写真を指さすと、志麻は少し眉間にシワを寄せて
「あーこの子、可愛かったんだけどずいぶん前に辞めちゃったのよねー3年前くらい?」
「もういないの?」
「そう。ちょっと問題あったみたいねー」
「そうなんだ…」
髪色や服装や、顔の表情は違うけれど
それは確かに、郁人だった。
「名前…なんていうの?」
「ユウキだったっけ…あんまり覚えてないわ」
志麻がなんとなくその話を切り上げたそうなのが気になったけど、私もそれ以上は聞かないようにした。
3年前なら、納得がいく。
私があの店に通い始めたのは、そのくらいの時だ。
ホストだったというのなら、納得がいく。
話を聞くのが上手なのも、女が喜ぶようなことを躊躇いなく出来るのも、簡単に手を繋ぐことも。
そのあざとさも。
少しばかりショックで、私はその日は誘いを断って帰ってしまったし、郁人のいる店からもしばらく足が遠のいた。