妄想小説家panのブログ。

素人の小説です。

remember⑩❝完結❞

電話の内容はわかっているから、出るのは憂鬱だった。なんて答えればいいのか、ちゃんと話が出来るかわからない。 「もしもし?」 「沙和?どうなってるの?志麻は何したの?今、会社に警察が来て…みんな動揺してる…沙和は知ってるの?」 私は大きく息を吐いて、…

remember⑨

店を出て、駅の方やタクシー乗り場を探す。 タクシー乗り場には列が出来ていたから、もしかしたらもう駅の中へ入ったんだろうか。 それとも、まだどこかへ行ったんだろうか。 ふと思いついて、まさかと思いながら店に戻って裏口につながる狭い路地を覗くと、…

remember⑧

部屋に帰ると、安心したのかやっぱり少し疲れていたことに気づいて座り込んでしまった。 「ごめん、本当に…連れ回しちゃって」 「いいよ…許すからペットボトル転がってるの見なかったことにしてくれる?」 「そんなんでいいの?」 朝、私のために買ってきてくれた…

another story⑦

家に帰れるようになった頃には、もう日が落ちようとしていて、私は郁人の1日を無駄にしてしまったことが申し訳なくなって、重い気分のまま郁人の運転する車の助手席に乗り込んだ。 すると、ふわっと微かに芳香剤ではなく自然な花の香りがして後部座席を振り…

remember⑥

次の休みの日に、少し時間を空けて欲しいと言われて、複雑な想いを抱えたまま、その前の日の夜はどうしても眠れずにいた。 あの日、郁人は私に「帰らないで」と言って裏口から仕事に戻って、私は表から入って行ったけど、カウンターには座らずに奥の2人がけの…

remember⑤

次の日、仕事に行くと私と志麻が男の取り合いで大喧嘩をしたという噂が飛び交っていた。 志麻は気性が荒くて気分屋で、みんな持て余すところがあったからみんなの同情は一手に私に注がれていた。だから幸い、突然に仕事を休んだことも咎められずに助かった。…

remember④

仕事は珍しく定時に終わった。 基本的に、定時に終わった時は晩御飯には時間も早いので郁人のいる店には寄らずに家に帰ることが多い。 残業で疲れた時にご褒美のつもりで通っている。 でも、クミの言うことがどうしても頭から離れなくて、帰ろうか店に寄ろう…

remember③

でもある時、仕事で組んでいる仲間の大きなミスによって同じチームの私もクレーム処理や上層部からの叱責に巻き込まれることになり、数日かけてようやく事が治まった時、心身ともに疲れて立ち寄るのは、やはりあの古くて静かなあの場所だった。 「いらっしゃ…

remember②

「いやいやいやいや、ないわないない!」 次の日、仕事の昼休みに同僚のクミと休憩室でごはんを食べながら昨日のことを話した。恋人だと思っていた人がそうではなかったというところから、郁人に花を買ってもらったところまで。 私は他人に話してすっきりした…

remember①

「俺たち、そんなんじゃないじゃん?」 そう言われたのは、私の28歳の誕生日だった。 1年間、恋人だと思っていた男は私がそうだと思い込んでいただけで、向こうはただの遊び相手だったらしい。 誕生日なのに、おめでとうも何もないから少し拗ねたら、誕生日と…

【W】another story KENGO⑨【完結】

《健吾、ちゃんと帰ってる?生きてる?》 《私は生きてるよ》 《健吾も生きてくれるよね?》 《また、いつか会えるよね》 良かった。 ちゃんとナナミは生きていたし、生きて欲しいという僕の想いも届いていたみたいだ。 《うん、またいつかね》 《それまで、…

【W】another story KENGO⑧

本当に迎えに来ると思わなかった。 僕はただ、帰宅ラッシュが始まって人が増えてしまったのが怖くなって、急にひとりになったのが怖くなって、長い時間ずっとそこで動けなくなっていた。 雨が降り出して、寒さに震え始めた頃。 「遠すぎるよ」 力強くて暖かい…

【W】another story KENGO⑦

震える手をずっと握って、ナナミを病院の玄関まで連れて行った。 「いっておいで」 「うん、待っててくれる?」 「待つよ」 ナナミは目を真っ赤にしながら、不器用に回転ドアに入っていった。 カサカサと、乾いた落ち葉が僕の足元を無でていく。 ナナミを待つ間に…

【W】another story KENGO⑥

夢を見た。 学校の屋上で、ナナミと僕は手を繋いで飛行機を見上げている。 僕の右手と、ナナミの左手が黒いリボンで結ばれて、屋上の端っこにふたりで並んで、目を合わせて微笑みあって 飛んでいく飛行機を追うように、同時に身体を前に傾けて お互いの手を…

【W】another story KENGO⑤

ナナミとふたりで、一緒に死のうと約束した日から少し気持ちが楽になった気がした。 僕が思っていた通り、自分の中の拗れに拗れて、どう吐き出していいかわからない不安を伝えたいことが、死にたいというその短い言葉にこめられているんだとわかる。 でもだ…

【W】another story KENGO④

「なんでおにいも買ってきたの?」 恵が僕のお土産に眉間にシワを寄せる。 「お揃いでいいじゃん」 「きもっ!」 結局、あれからもう一度改札を出てお土産を探したら、駅の土産物売り場に展望台と同じぬいぐるみが売っていて、それをふたつ買った。 恵の分と、僕が…

【W】another story KENGO③

「ありがとうございます」 お礼を言って、反対側に移動すると山の中にお城の天守閣が見えた。 《あるよ、お城》 《じゃ、そこから見下ろして》 《見下ろすの怖いんだけど》 《頑張って。見下ろしたらゴルフの練習場があるでしょ?》 お城から視線を落としてい…

【W】another story KENGO②

次の日の朝、僕は学校への道のりをほぼ篤志に引きずられるように歩いていた。 「やっぱ休む」 「お前が行くって言ったんだろ?ここまで来たら帰るな」 電車に乗ったら人の多さが気持ち悪くなって、学校の最寄り駅に着いた時にはもうすでに引き返したくなった。 …

【W】another story KENGO

街で出会った不良と喧嘩したり 困っているおじいさんを助けたら神様だったり 食パンくわえた美少女とぶつかって恋が芽生えたり 転校生が絶世の美女だったり そんな青春、どこに落ちてんのかなと、ひとり暗い部屋で布団にくるまったまま古い映画を観ながら思…

enti(エンティ)⑩最終話

部屋にひとりになって、加奈に電話をかけた。 「今、大丈夫?」 「うん」 「さっき言ってたこと、もう大丈夫だと思う。解決したよ」 「そうなの、良かった」 「うん…話すの久しぶりだね」 「ごめん、ちょっと色々あって…この前はごめん、急に帰るなんて言って怒って当た…

enti(エンティ) ⑨

バイトに復帰した迫田は僕に深く頭を下げて「悪かった」と言ってくれた。 友香には、しこたまやりすぎだと叱られて、被害届を出されなかったことに感謝しろと言われたらしい。 そして結局、加奈から連絡のないまま、2度目の水曜日になった。 「最初から遊びだと…

entiエンティ⑧

「なぁ、ちょっと」 僕は朝から友香を探して、ようやく昼頃に外をひとり歩いているところを見つけた。 「なに?」 「この前は悪かった」 僕が素直に謝ったから、振り返った時は睨みつけてきた友香も、今度は逆にきょとんとした顔をした。 「えーっと…こっちこそごめ…

enti(エンティ)⑦

顔に大きな絆創膏を貼って学校に行くのは気が引けたけど、今日は大事な授業があるから休むわけにもいかなかった。 額の方は、前髪を下ろして気休め程度に隠して、俯いて歩く。 すれ違う顔見知りや友達に声をかけられるのが面倒くさすぎて、教室に入る前にも…

enti(エンティ)⑥

「ねぇ、大丈夫?ごめんね、酔っちゃった?」 少し進んだ先のサービスエリアに車を停めて、急な吐き気に襲われてトイレに駆け込んだ。吐いてしまったら少し気分が良くなったけど、まだ体が重い。 顔を洗って外に出ると、加奈が不安そうな顔で待っていて駆け寄…

enti(エンティ)⑤

2週間空いて、その水曜日には加奈に会えることになっていて、でも時間になって急に駄目になることもあったから、あまり期待せずに過ごそうと決めていた。 その日はバイトも入っていなかったから、学校が終わってから加奈が来られる時間までどうしようか考え…

enti(エンティ)④

長い石の階段を上ると、急に視界がひらけて空気が澄んだ。 天気が良くて、程よく風が吹いて、空が絵に描いたように青い。 両親の命日がちょうど日曜日だったから、僕はひとり両親の眠っている霊園に向かった。いつもは学校やバイトがあるからと言い訳して、…

enti(エンティ)③

「ねぇ、なんで泣いてたの?」 彼女の身長に合わせて、少ししゃがんで顔を見上げると彼女はクスッと笑って 「そうやって女の子落として来たのね?意外に性格悪いね」 彼女はそう言って手を伸ばして、僕の髪をくしゃっと撫でた。 思えば、この時にすでに立場は逆…

enti(エンティ) ②

それから、近いうちにまた彼女は店に来た。 今度は夜遅く、団体で騒ぐような客はほとんどいなくなった頃、たったひとりで来た。 「ひとりって変かな」そう言ってはにかみながら。 「全然、大丈夫ですよ」 彼女は携帯をさわりながら、カウンターの端っこでなんだ…

enti(エンティ)①

もう何回目だろ。 今日、無理になっちゃった。 いつもそんな一言で軽く僕の一日を駄目にするんだ。 「もしもしー?何?また暇になった?」 電話の向こうで、幼なじみのリヒトが笑う。 「暇なら来る?もう風呂入ったから出かけるのは嫌だから」 「いいの?」 「その…

W【TOMOYA×ATSUSHI④】

高校生の時…とは言っても1年も行ってなかったけど、ちょっと仲良くなったやつがいた。たまたま、隣の席にいたやつが真面目そうで人あたりが良さそうだったから声をかけただけだ。 そいつ…タクは、扱いやすそうだなと思ったのに、意外と厄介なやつで、他の単…